イジワル同期とスイートライフ
「あ、乃梨子ちゃん、さっきの件、参考に前例の実費を聞いたんだけどさ」



どんな顔をして幸枝さんに会えばいいのかわからず、迷いを残したまま戻った席で、いつもと変わらない笑顔に迎えられた。

幸枝さん、どのくらい本気なんだろう。

今日一日、どんな思いで私の隣にいたんだろう。



「ありがとうございます、さっそく」

「予算的にもいけそうだよ」

「ほんとですか」

「久住くんにもそう伝えといてくれる?」



ぎくっとした。

なにか含みがあるんじゃないかと幸枝さんを見て、自分の疑り深さを恥じた。

幸枝さんは、普段通りだ。



「伝えておきます」



心臓をなだめながら、なら私も普段通りにすべきだ、と言い聞かせた。





仕事を終える頃には21時を回っていた。

夕食をどうしようかと考えながら乗ったエレベーターで、先客の顔を見てぎょっとした。

久住くん。

向こうも驚きつつ、私の様子にさっと目を走らせたのがわかる。



「お疲れ」

「…お疲れさま」



どうしてよりによって、ふたりきりなのか。

しかもこれじゃ、家に着くまで一緒じゃないか。

操作パネルの前にいる彼の視界に入らないように、後ろのほうの隅に立った。

1階に着くと、開閉ボタンを押しながら、久住くんが鞄で私を促す。



「どうぞ」

「あ、ありがとう…」



逃げるようにエレベーターを降りて、ビルの出口を目指して駆けだそうとしたところを、いきなり腕を掴まれ裏口のほうへ引っ張り込まれた。

なすすべもなく引きずられて、冷たい壁に押しつけられる。

明かりも絞られた非常階段の横で、久住くんは上機嫌とは言えない目つきで私を見下ろした。

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