イジワル同期とスイートライフ
 * * *


購買部から資料を求められて、届けて戻ってきたら、幸枝さんがなにやら手を振って私の注意を引こうとしていた。



「どうしましたかー」

「この後あいてるー? ツアーの段取りの打ち合わせしたいって」



戸口のあたりとデスクとで、距離があるまま会話する。

歩きながら手帳を確認した。



「16時半からなら」

「じゃ、そこに入れるね。旅行代理店の担当者さんも連れてきてくれるって」



デスクにたどり着いた私に、受話器を肩に挟んだ幸枝さんが親指を立てる。

そうだ、久住くんにも一瞬顔を出してもらおう。



『悪い、俺17時まで別件なんだよ』

「終わった後に来てくれればいいよ、30分じゃ終わらないと思うから」

『いいか? じゃあ場所決まったら連絡して』

「了解」



受話器を置いたところに、幸枝さんが戻ってきた。

すっとする煙草の匂いをまとっている。

幸枝さんの横で久住くんに電話することがどうしてもできなくて、席を立った隙を狙ってしまったのだけれど、終わってみるとそれはそれで、姑息なことをした罪悪感に駆られる。

これは、気にしすぎの部類に入るんだろうか。


今にして思えば、幸枝さんは単に、ちょっと仲よくしようねというくらいのつもりで久住くんを誘ったのかもしれない。

久住くんは予防線として、私のことを話しただけなのかもしれない。

そういえば、このあたりの話を、久住くんともまだできずにいる。

わざわざ蒸し返すことでもないし、聞いたところでどうにもならないから。


なんてね。

単にこの間の言い争いを思い出したくなくて、弱気になっているだけだ。


自分の気持ちに気づく前なら、すぐに訊いて片をつけていただろうに。

"好き"ってこれだから、めんどくさい。





「花香(はなか)と申します。ツアー当日も担当させていただきます、よろしくお願いいたします」

「今回のツアーの内容から、お客様との調整事項まですべて彼女が担当してくれています。今後は打ち合わせにも参加してもらいますので」



広告代理店の営業さんの紹介を受けて、花香さんがにこっと笑った。

見た感じ、同い年くらいだ。

さらっとした髪を軽いボブにしていて、大きな目が印象的。

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