イジワル同期とスイートライフ
さいわい、彼女はまだエレベーターの前にいた。



「花香さん」



声をかけたとき、ちょうど扉が開いて、久住くんが出てくる。

乗り込もうとした花香さんが振り向き、私の手のペンを見て、あっという顔をして駆け戻ってきた。



「すみません、わざわざ」

「いえ、間に合ってよかった」

「すぐにまたご連絡しますね、今後ともよろしくお願いします」



焦ったんだろう、わずかに顔をピンクにしながら恥ずかしそうに笑うと、ドアを押さえて待っていた久住くんに頭を下げて、エレベーターの中に消えた。



「あっ、しまった、今紹介すればよかった」

「…誰、あれ」



足早にこちらにやってくる久住くんが、なんだか切迫した声で言う。



「旅行代理店の方だよ、これからお世話になる」

「なま、名前は」



なんでどもるの?



「花香さんだって」



苗字までかわいいよね、と続けようとしたんだけれど、久住くんの顔色が変わったので飲み込んだ。

真っ青だよ。

どうしたの、いったい。



「これから世話になるって?」

「そうだね、当日も担当してくれるって」

「嘘だろ…」



絞り出すように言って、片手で顔を覆う。



「何事?」



手の陰で、ぼそぼそとなにか言っているようだけど、聞こえない。

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