人間嫌いの小説家の嘘と本当
執事?そんな人が、どうしてここに?
“執事”というフレーズに、一瞬櫻井さんが脳裏に浮かんだけれど、すぐに振り払ってこちらに近づいてくる足音に集中した。
少しして私の頭のすぐ隣でピタリと音が止まる。
心臓が張り裂けそうなくらい鳴り響く中、ゆっくりと頭を上げ足元を見れば、手入れがきちんとされた品の良いブランド物の革靴が視界に入った。
静かに布が擦れる音が聞こえ、右足が後ろに下がり男が片膝をつく。
「気分はどう?女性に手荒な真似をして申し訳ない」
息がかかりそうなくらい近くに聞こえる声。
相手が何を考えているのか分からない以上、下手な行動は慎むべきだ。
分かってはいる、頭では理解しているけれど、早く侑李のところへ帰りたいと言う焦りが口を動かす。
「手を解いて……こんなことをして、どうするつもり?」
視線を上げ、彼の顔を見ようとした瞬間、喉の奥でクスッと笑う声が聞え、不意に後頭部を触れられた。
「っ――」