人間嫌いの小説家の嘘と本当

怪我って言っても、足首はもう包帯だけだし痛みも殆どない。

手だって医療用の絆創膏のお蔭で、包帯をしなくても大丈夫だし、ある程度は動かせるようになっている。

完治にはまだ一ヶ月は掛かるから、油断は禁物って蓮見先生からは言われているけれど、今は目に見える傷より心がズキズキと痛む。



「全く、根性がありませんね。一度断られたくらいで何ですか」



ダイニングに戻ってくるなり説教が始まる予感の一言。
反論する元気もなく項垂れてしまう。

そんな私の様子に同情したのか「仕方ありませんね」と前置きして、目の前の殻になったカップを下げ、新しい紅茶を用意し始めた。



「どうぞ。シナモンミルクティーです。これから話すことは、侑李様にはご内密にお願いしますね」



甘い香りを漂わせた温かな紅茶を差し出すと、少し悪戯っ子のような笑みを浮かべ、唇の前に人差し指を立たせウィンクをして見せる。

お説教が始まるんだと思っていた私は、お茶目な櫻井さんを前に、驚きを隠せずに目を瞬かせた。

そんな私を他所に、椅子を引き目の前に座ると自分用に用意した同じ紅茶を、非礼な所作で一口含み、ゆっくりと話し始めた。

それは、私が連れ去られた数時間後の話――。

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