人間嫌いの小説家の嘘と本当
転ばないかと冷や冷やしながら、彼女の背中を見守る。
このまま母親の元へ帰っていくと思いきや、彼女は俺を振り返り、また戻ってきてしまった。
何か忘れものでもあるんだろうか。
もしかして、やっぱり髪留め返して欲しいとかかな。
「お兄ちゃん」
「ん?」
彼女の目線に合わせるように屈む。
「おくってくれて、ありがとう」
お礼の言葉と共に、温かくて柔らかな感触が頬に触れた。
え……。
一瞬何が起きたのか分からなくて、頬に手を当てる。
「またね、お兄ちゃん」
屈託のない笑みを浮かべ、俺に手を振って灯りの付いた方へ走り去って行く少女。
同時に周りの風景が闇の中に吸い取られるように消えていき、俺一人の存在だけを残して何もなくなってしまった。