人間嫌いの小説家の嘘と本当

少し前までは愛しく聞こえていたその声も、今では私の感情を逆なでし、抑えていたものが弾けた。



「気安く呼ばないで‼彼女と結婚でもなんでもすればいいじゃない。最っ低……あんたなんて、こっちから願い下げよ。さようなら‼」



勢いよく立ち上がり、財布の中から千円を掴みテーブルに叩きつける。
本当なら頰を引っ叩くなり水を引っ掛けたりすれば良かったけれど、それをしなかったのは五年間の彼への情が邪魔をしたのかもしれない。

頬に流れる涙を手の甲で拭い、鞄と同僚から貰ったお祝いの入った紙袋を掴むと足早に店を出た。

店を出ると、まるで私の心を写したかのように、空にはぶ厚く黒い雲が覆い今にも雨が降り始めそうになっていた。

通りを行き交う人たちが楽しそうに話しながら歩いている間を時々ぶつかりながらも、私は足を止めることなく進める。

あの店から、少しでも離れたい。
唯々その想いだけが、私を突き動かしていた。

< 8 / 323 >

この作品をシェア

pagetop