シークレットポイズン
「明後日からお世話になります、藤澤壮哉と申します。わからないことばかりでご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします。」

 色白で小顔ですらっとした童顔の男の子がそこにいた。

「あれじゃあほんとに男の子よねぇ〜。」

 学年主任の町宮が美樹にそっと耳打ちをする。確かに若いというか幼い感じがするけれども、男の子と呼ぶには少し違う気がした。しかしそこは何となく合わせておく。歳をとれば、若い男はみんな男の子に見えるのだろうと解釈した。

「私もあんな風だったんですね。」
「そっか、美樹ちゃんも2年前に来たんだもんね、初任として。」
「ほんと、早いものです。」

 時が経つのは本当に早くなった。年々加速している気がする。2年前の自分の立ち位置やセリフまで覚えているわけではないが、辞令交付式の後にこうして職場となる場所を訪れたことは記憶している。知り合いなど1人もいないところに乗り込んで心細かったなと、彼を見ながら思い出す。
 ふと、目が合った。せめて笑ってあげなくてはと思い、にこりと返す。すぐに笑顔を浮かべる技術は働き出した2年で習得した。彼はペコッと頭を下げて、事務室へと連れて行かれた。書類の山をもらったことを思い出す。

「美樹ちゃんもいよいよ先輩なんだね。」
「…先輩って言えるほど仕事できないと思うんですけどね…。」
「何言ってんの!十分すぎるほどできるじゃない。」

 そう言われて悪い気はしないけれども、不安はなかなか消えてくれない。不安だけを天秤にかけたら、きっと今の彼の方が大きいに決まっているのに。

「もうすぐ4月1日だね。」
「そう、ですね。」

 4月1日は、始まりの日。今の職場が終わり、新しい職場になる。それぞれのピースが、上手にはまれるように動き出す。3日後には、町宮は別の学校に異動する。こんな風に他愛もない話をすることができる時間は残り少ない。毎年毎年、違うメンバーで同じ目標を目指す。ベテランも新人もいるのに、それぞれが等しく『先生』と呼ばれる。つくづく不思議な仕事だと思い、美樹は小さく息を吐いた。
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