彼の瞳が心の動揺をそのまま表していた。

また耳を触る。

「仕事で、ちょっと会う予定があって。」

「なにそれ。」

「いや、前から決まってたんだよ。」

「私の知ってる人?なら3人でもいいじゃん。」

「取引先の人だから、それはちょっと。」

「やだ。」

ほんの一瞬で、彼の表情が冷たくなる。

怖かった。
何者にもなれない私を、ただ一つの存在として認めてくれて
愛してくれて、必要としてくれて
私は彼の庇護下にいたいだけだった。
すべてを操られている心地よさ。
自分の意思なんてひとつもいらない。
そこには少しも責任はない。

「嫌とか言われても、俺にだって仕事の付き合いとかあるから。そんなにわがままばっかり聞いてられないよ。」

「わがまま?ねえ。いつ私がわがまま言ったの?」

呆れたように、彼がため息を吐き、立ち上がる。

「お風呂行ってくる。」

「待ってよ。終わってないよ。聞いて。」

振り返らずに出て行こうとする彼の背中に向かって、
言葉をぶつける。

「わがままなんてひどいよ。何それ。好きだから、一緒にいたいから言ってるだけなのに。前は喜んでたじゃん。友達とか断って会いに来てくれたり。覚えてないの。どうして。」

遮断するようにドアが音を立てて閉められる。

静寂に包まれる部屋で、髪から水が滴る。

ああ、もう嫌だ。嫌だ。ほんとに嫌だ。
限界だ。こんなのおかしい。どうして私だけが。
もう無理だ。これ以上は限界だ。
どうしたらいい?
私を救い出してくれるはずの彼はもういない。
誰かが来てくれるなんて思っていない。
もうあの女を愛してる彼しかいない。

もう終わりだ。
沈んでいく心に耐えきれなくなり、ベッドに潜り込む。
彼は、私が濡れた髪のままベッドに入ることが嫌い。
だけどもう関係ない。
彼が嫌がることをしたい。
眉間に皺を寄せて、怒っている顔が見たい。

だって、私はこんなにも辛いから。

ーー

暖かな風を感じて、目を開く。

「あ、起きた。」

「…。さむい。」

「濡れたまま寝ちゃダメって言っただろー。」

呆れた顔をしながら、彼が私の髪を乾かしていた。

下から見る彼の顔は、呆れながらもどこか楽しそうで
その楽しさが、私を悲しくさせる。

「だって。他の女の子と連絡とってるの隠すから。」

「ん?」
ドライヤーの音でかき消されて、私の声は届かない。

「なんでもない!」

「明日の予定ずらしてもらったから。」

「えっ!」
布団から起き上がる。
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