「わっ。」

スイッチを消すと、途端に部屋が静まる。

「なんで?いいの?」

「なんでって…。自分が言ったんじゃん。」

その言い方に、少しだけ残っていた自尊心のようなまだ生きていた心が痛んだような気がしたけれど言葉よりも、彼が他人との約束の日を変更したという事実、その行為に気持ちを向けた。

「嬉しい。ありがとう…。大好き。」

「はいはい。」

たとえ彼の中に私に対する愛情がほんの少ししか残っていないとしても、まだ顔も知らない女に対して憐れみさえ感じていた。

「好き、好きー。」
すりすりと彼の肩に頰をつける。

「わかったって。もう寝るよ。」

二人で揃ってベッドに入るのは、なんだか久しぶりだ。

幸福しか感じていなかった、付き合い始めの頃を思い出していた。

電気が少しでも付いていると
眠れないと言っていた彼が可愛かった。
私は隣に彼がいるなら、明るくても暗くてもうるさくても寒くても暑くても、その存在を感じるだけでいつだって眠ることができた。
だけど、彼が家をあけるときは
ほとんど眠ることができない。

彼のいない部屋で無駄に1日を過ごして、カーテンを引いたままベッドに入り込んで目を閉じる。日が出る頃に、ようやく眠気がくるけれど
夢と現実の狭間に揺られながら、彼から連絡が来るんじゃないかと思うと、眠りに入ることはできなかった。

そして結局何の意味もない仕事の整理を始め、
見たくもないテレビをつけて
パソコンの光に照らされながら
また日が暮れたことに気がつく。

食事を取っていないことにすら気がつかないことが多い。

出張から帰ってくるなり、
そんな生活を繰り返してやつれた私の顔を見て
彼はいつも嫌そうな顔をする。

ーーーー

「平日なのに人多いな。」

彼の腕にしがみ付くようにして寄り添う。
「何かのサービスデーなのかな…。」

「あー…。で、どれだっけ。」

「先に買っておいたよ~!ほら!」
そう言ってチケットを、ひらひらとかざす。

「おーありがと。一番後ろ?」

「うん!」
嬉しそうに笑うその笑顔に心が絆されて、飛び上がりそうになる。
力任せに彼の手を握りしめる。

「んー。どうしたの?」

「ううん。嬉しいだけ。」

「何が?」

「こうして一緒に居られて、同じ体験を共有してることが幸せなの。」

「あー。大げさだな。」
柔らかく私の頭を撫でる。

外でベタベタと密着することに嫌悪感を抱くはずの彼のその行動に違和感を覚えた。
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