白衣とエプロン 恋は診療時間外に
待ちに待った休日。

(うぅ、ちょっと寝すぎた……)

寝ぼけ眼で時計を見ると時刻は八時半をまわろうとしていて、隣はすでに空っぽだった。

これは完全な言い訳でしかないけれど、翌日がお休みの日の夜は、なんというかその……ちょっと“忙しい夜”になりがちなので、つい……。

私はなーんにも考えないまま、しあわせーに寝入って、泥のように眠って今に至るという。

彼はいったい目覚ましをかけて寝ていたのかしら?

もっとも、かけていたとしても、その目覚ましが鳴る前に彼は起きて止めてしまうので、わかるよしもないけれど。

ゆっくりと起き上がって寝室を出ると、グレちゃんのお出迎え。

「あ、おはようございます。ご飯はもうもらいましたか?」

彼が先に起きているならとっくのとうだと思ったけれど、一応聞いてみた。

寝起きでぼんやりのまま、とてとて歩く私のあとを、グレちゃんがとことこついてくる。

グレちゃんのご飯セット(カリカリを入れる器とお水の器)は定位置にあって、お食事を済ませた形跡あり。

でも、彼がいない。

(はて?)

窓の外は爽やかな青空で、ガラス戸を開けると気持ちの良い風が吹き込んできた。

黒い大きめのサンダルのとなりの、オレンジ色の少し小さめのサンダルをつっかけてベランダへ。

たぶんそうかなあとは思ったけれど、ベランダのみんなへの水やりは済んでいて――。

(あ、このリボン!)

朝顔の支柱の根元のところに、薄紫色のリボンが結んであった。

(むらさき芋のやつだ!)

それは彼が買ってきてくれた野菜のクッキーにラッピングされていたリボンに違いなかった。

にんじんのクッキーにはオレンジ色、ごぼうのクッキーにはベージュ、といった具合にそれぞれリボンが結んであって、むらさき芋のクッキーにはキレイな薄紫色のリボンが結んであったはず。

(あのリボンが今度はこんなところで活躍しているなんて)

ガラス戸は開けたまま網戸だけを閉めて、今度はキッチンへ。

(ご飯、セットしてある……)

私の彼の主婦(夫)力が素晴らしすぎる件。

(それにしても、彼はどこへ?)

ベランダにはいなかったし、仕事部屋にも、トイレにも、お風呂にもいない。

残るは北側のあのお部屋、だけど……。

「ノックをしても応答なし、と」

お兄さんの夏生さんの荷物が置いてあるというこのお部屋。

約束どおり、私は一度も立ち入ったことはない。

グレちゃんがしきりに開けてくれとせがむことがあるけれども、それでも開けたことはない。

麗華先生が「兄弟の中で一番優しい子」という夏生さん。

彼と麗華先生の会話から察するに、夏生さんには何かしらの事情があるようだけれど……。

「あ、グレちゃん???」

そのとき、グレちゃんがリビングから玄関へ向かってモーレツにかけていったかと思うと――。

「ただいまー、って……グレ? と、千佳さん?」

目下捜索中だった彼のご帰還だった。

「おかえりなさいませ、です」

「うん。なんだか早く目が覚めちゃったから散歩がてらコンビニでも行こうと思ってさ」

「でも、その荷物って……???」

彼が持ってるレジ袋の中身は、明らかにコンビニでは買えないであろう物ばかりだった。

しかも、ずいぶんずっしりと重そうだし。

「やたら駐車場が広い大きなドラッグストアがあるのわかる?」

「はいはい、コンビニに行く途中のですよね?」

「そう。前を通ったらその駐車場で朝市をやっていて」

「なんと!」

「とれたての野菜だのなんだの、いろいろ買ってしまったよ」

ちょっと買いすぎてしまったと反省しながら、彼が決まり悪そうに笑う。

キッチンで、掘り出し物たちを袋から出しては、冷蔵庫にしまったり、新聞紙で包んだり。

「これ、二黄卵を売っていたから買ってきたよ」

「二黄卵???」

聞きなれない言葉に首を傾げるも、すぐに「あっ」と気がついた。

「双子のたまごですか!?」

「そう。めずらしいでしょ?」

「私、見たことないんです」

「そうなの? じゃあ、今朝は目玉焼きだね、絶対に」

彼は嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、たまごを使うぶんだけそのままに、残りを冷蔵庫へしまった。
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