白衣とエプロン 恋は診療時間外に
気配の消し方がグレちゃん顔負けなんだもの、本当まったく気づかなかった。
「たぶん、皆で“bouquet(ブーケ)”を見ているんだ」
貴志先生の言葉に、私は「なるほど」と納得した。
“bouquet(ブーケ)”というのは、当院も含めたクリニックを統括する本部から定期的に送られてくる配布物で、広報誌というか、かわら版というか、壁新聞というか……。
送付されてくるのは冊子ではなくポスターサイズの印刷物で、待合室の掲示板いっぱいに毎号更新するかたちで掲示している。
内容は、当法人の地域での取り組みや、各クリニックの紹介、ヘルスケアのお役立ち情報などなど。
おそらく、福山さんが「別人!?」と驚いた保坂先生の写真は市民向け講座の講師をやったときのもので、貴志先生のプロフィールは、クリニック紹介で取材を受けたときの記事だろう。
「福山さんの保坂先生を見る目が明らかに変わりそうだ」
貴志先生が「フッ」と冷ややかに笑う。
(き、気まずい……)
福山さんのターゲットが自分から保坂先生に変わったら、貴志先生はどう思うのだろう?
「ちやほやしていたくせに、手のひら返しやがって」と彼女に腹を立てるのか。
或いは、ファンを奪われたという気持ちで保坂先生に敵意を向けるのか。
はたまた、痛くも痒くもないのか。
貴志先生の心中はともかく、私はちょっともやっとしていた。
(福山さん、あんなに保坂先生のこと空気扱いしていたくせに……)
彼女はそういう人だとよく知っていても、やっぱりちょっと腹が立つ。
「ところでキミ、いつまでこうして立ち聞きしているつもりだい?」
「ええっ」
(ち、近いですっ)
“貴公子”の異名を持つ麗しいお顔がすぐ間近にっ……。
でも、ちっとも嬉しくない。
というか、むしろ怖い……。
私はやっぱりどうにもこうにも貴志先生が苦手なのだ。
まったく何を考えているかわからないところも、邪推ながらお腹に黒いモノを抱えているようなところも。
それをまた、華やかな容姿で完璧に覆って包み隠しているような感じも。
「ほら、いいかげん入りなよ」
「えっ、あっ、と……」
貴志先生にやや強引に促されて、スタッフルームに入る。
「お、お疲れ様ですっ」
「お疲れ様でーす。皆さん何の話題を盛り上がってるのかなぁ? ボクも仲間に入れてもらえるかい?」
貴公子の笑みを浮かべた貴志先生に、女性スタッフたちがやや動揺しつつ笑顔で応える。
「あ、貴志先生。ええと、今ちょうど“bouquet”を見ていたところなんですぅ」
「貴志先生の紹介も素敵な感じですよ。“笑顔が素敵なイケメンドクター”ですって」
(うぅ、いっそう気まずい……)
あからさまに貴志先生の機嫌をとろうとするその言動が、逆効果ではないかと。
「ボク“も”だなんて、そんなそんな。保坂先生に比べたら、ボクなんてとてもとても」
女性陣の表情がにわかに凍り付く。
福山さんは完全に自分は部外者ですといった顔をしてだんまりを決め込んでいる始末。
「みんな知らなかったの? 保坂先生はk医出身で、医者の家系のサラブレットなんだから。ボクみたいな、どこの馬の骨ともわからない輩とはぜんぜん違うんだよ」
「そ、そんなぁ。貴志先生だって、カトレアには欠かせないドクターですよぉ」
「そうそう。女性の患者さんからの圧倒的な人気ですぅ」
(ああ、皆さんそうやってまた自分で自分の首をしめるような発言を……)
結局、誰ひとりとして「貴志先生のほうが断然上です」的なことは言わないのだから。
今までずっと、福山さんがそれを声高に言っていたけれど。
(あからさまに、乗り換えを決めたわけだ……)
「みんな優しいなぁ。ボクなんかを慰めてくれて」
貴志先生はまぶしい笑顔を皆に向けた。
(この人、楽しんでいる?)
そう、貴志先生は痛くも痒くもないのだ。
ただ、皆の反応を見て完全におもしろがっているだけで。
何かしらの情があれば、悔しかったり、淋しかったり、傷ついたりもするのかも。
でも、貴志先生には……。
(やっぱり、怖いかも……)
私は会話にまざることなく、ひっそりとロッカールームへ移動した。
人知れず、貴志先生の視線をひしひしと感じながら……。
「たぶん、皆で“bouquet(ブーケ)”を見ているんだ」
貴志先生の言葉に、私は「なるほど」と納得した。
“bouquet(ブーケ)”というのは、当院も含めたクリニックを統括する本部から定期的に送られてくる配布物で、広報誌というか、かわら版というか、壁新聞というか……。
送付されてくるのは冊子ではなくポスターサイズの印刷物で、待合室の掲示板いっぱいに毎号更新するかたちで掲示している。
内容は、当法人の地域での取り組みや、各クリニックの紹介、ヘルスケアのお役立ち情報などなど。
おそらく、福山さんが「別人!?」と驚いた保坂先生の写真は市民向け講座の講師をやったときのもので、貴志先生のプロフィールは、クリニック紹介で取材を受けたときの記事だろう。
「福山さんの保坂先生を見る目が明らかに変わりそうだ」
貴志先生が「フッ」と冷ややかに笑う。
(き、気まずい……)
福山さんのターゲットが自分から保坂先生に変わったら、貴志先生はどう思うのだろう?
「ちやほやしていたくせに、手のひら返しやがって」と彼女に腹を立てるのか。
或いは、ファンを奪われたという気持ちで保坂先生に敵意を向けるのか。
はたまた、痛くも痒くもないのか。
貴志先生の心中はともかく、私はちょっともやっとしていた。
(福山さん、あんなに保坂先生のこと空気扱いしていたくせに……)
彼女はそういう人だとよく知っていても、やっぱりちょっと腹が立つ。
「ところでキミ、いつまでこうして立ち聞きしているつもりだい?」
「ええっ」
(ち、近いですっ)
“貴公子”の異名を持つ麗しいお顔がすぐ間近にっ……。
でも、ちっとも嬉しくない。
というか、むしろ怖い……。
私はやっぱりどうにもこうにも貴志先生が苦手なのだ。
まったく何を考えているかわからないところも、邪推ながらお腹に黒いモノを抱えているようなところも。
それをまた、華やかな容姿で完璧に覆って包み隠しているような感じも。
「ほら、いいかげん入りなよ」
「えっ、あっ、と……」
貴志先生にやや強引に促されて、スタッフルームに入る。
「お、お疲れ様ですっ」
「お疲れ様でーす。皆さん何の話題を盛り上がってるのかなぁ? ボクも仲間に入れてもらえるかい?」
貴公子の笑みを浮かべた貴志先生に、女性スタッフたちがやや動揺しつつ笑顔で応える。
「あ、貴志先生。ええと、今ちょうど“bouquet”を見ていたところなんですぅ」
「貴志先生の紹介も素敵な感じですよ。“笑顔が素敵なイケメンドクター”ですって」
(うぅ、いっそう気まずい……)
あからさまに貴志先生の機嫌をとろうとするその言動が、逆効果ではないかと。
「ボク“も”だなんて、そんなそんな。保坂先生に比べたら、ボクなんてとてもとても」
女性陣の表情がにわかに凍り付く。
福山さんは完全に自分は部外者ですといった顔をしてだんまりを決め込んでいる始末。
「みんな知らなかったの? 保坂先生はk医出身で、医者の家系のサラブレットなんだから。ボクみたいな、どこの馬の骨ともわからない輩とはぜんぜん違うんだよ」
「そ、そんなぁ。貴志先生だって、カトレアには欠かせないドクターですよぉ」
「そうそう。女性の患者さんからの圧倒的な人気ですぅ」
(ああ、皆さんそうやってまた自分で自分の首をしめるような発言を……)
結局、誰ひとりとして「貴志先生のほうが断然上です」的なことは言わないのだから。
今までずっと、福山さんがそれを声高に言っていたけれど。
(あからさまに、乗り換えを決めたわけだ……)
「みんな優しいなぁ。ボクなんかを慰めてくれて」
貴志先生はまぶしい笑顔を皆に向けた。
(この人、楽しんでいる?)
そう、貴志先生は痛くも痒くもないのだ。
ただ、皆の反応を見て完全におもしろがっているだけで。
何かしらの情があれば、悔しかったり、淋しかったり、傷ついたりもするのかも。
でも、貴志先生には……。
(やっぱり、怖いかも……)
私は会話にまざることなく、ひっそりとロッカールームへ移動した。
人知れず、貴志先生の視線をひしひしと感じながら……。