白衣とエプロン 恋は診療時間外に
さすがに面食らって、あんぐり、ぽかーん。

(えーと……)

今、バカって言った? 言われた?

いや、違うな……バカかって訊かれた???

けれども、私の困惑をよそに貴志先生はいたって涼しい顔のまま。

「手」

「へ?」

長身の貴志先生が椅子の上に立ったまま、はるか上から私を見下ろし窘める。

「手がお留守になってるって言ってんの」

「えっ、あ、はいっ」

「頭が働かなくても手は動かす。誰にでもできる簡単なお仕事なんだから」

「す、すみません」

頼んだわけではないにせよ、手伝ってもらっている手前文句も言えない(そもそも、私が招いたことでもないけれど)。

(それにしたって……)

さっきの「バカなの?」って、どういう意図でそんなことを???

「あのさぁ」

私の答えなど不要とばかりに、貴志先生は一方的に話を続けた。

「保坂センセイはああいう子嫌いでしょ。おつむも他もユルユルの子なんて」

“ああいう子”というのは、福山さんのことだろうけど、ひどい言われようである。

「まさかキミ、保坂センセイが彼女になびいてしまうかもなんて思ってるわけ?」

「えっ」

(そうは思っていないけど、でも)

そんな聞き方をするなんて、まるで――。

「思い切り上から高みの見物と洒落込めばいいのにさ」

「え……?」

「付き合ってるんでしょ、キミと保坂センセイ」

(ええっ……)

今度こそ何も言えずに押し黙る。

(なんで??? えっ……どうして!?)

「いいねえ、その表情」

貴志先生は、さも愉快そうにクククと笑った。

「かまをかけたわけじゃない。今朝、見たんだよ。キミが保坂センセイの車を降りるところをさ」

貴志先生が言っているのはおそらく本当で、私はますます何も言えなくなった。

今日の彼は新クリニック開院の打ち合わせの予定が入っていたのだけど、時間に余裕があるからと私を車で送ってくれて。

そのとき、車で寄りやすいコンビニがあればちょっと寄りたいという話になって、いつもとは違う場所で降ろしてもらうことになって。

けっこう早い時間だったし、まさか誰かに見られるなんて考えてもみなかった。

しかも、よりによって貴志先生に目撃されてしまうなんて……。

「車が見えなくなるまで見送ったりしてさ。実に愛くるしいねぇ」

(ど、どうしよう。何か言わなきゃ……)

「き、貴志先生には関係のないことですっ」

私はやや強い口調で言いながら、段ボールを押し付けるようにして手渡した。

「つれないなぁ」

肩をすくめて、わざとらしく残念そうな顔をする貴志先生。

(どうしよう、やっぱり怖い……)

思わず後ずさりする私をよそに、貴志先生はゆったりとした動作で椅子からおりて靴を履くと、美しい笑顔を私に向けた。

「ボクにだって十分関係あるんだけど?」

(関係、って……?)
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