白衣とエプロン 恋は診療時間外に
保坂さんちの四兄弟
怒涛の土曜日から週が明けて月曜日。

本日の担当医は、麗華先生と保坂先生。

私のぼんやりとした不安をよそに、クリニックはいつもどおりの感じだった。

貴志先生は、発注ミスの件は福山さん本人に責任を取らせると言っていたけれど。

実際は、私が朝イチで来たときにはもう、スタッフルームの段ボールはあらかた片付いているというミラクル。

(先生、あれから一人で片付けてくださったんだ……)

福山さんのミスとはいえ、彼女一人に作業を強いるのは可哀想だと思ったのだろうか。

そういうところ、さすが貴公子?

しかしながら、報告はしっかりと麗華先生に上がっていたようで、今回ばかりは福山さんもこってりしぼられたらしい。

けれども、そんなことでしょげたりしないのが福山さん。

「保坂せんせいって、子どもの扱いがとーってもお上手ですよね!すごーい!」

貴志先生の予想どおりの、露骨な猛烈アプローチ。

そして、それをまた露骨に忌避する彼の態度。

「福山さん、言葉には十分注意してください。“子ども”ではなく“子どもの患者さん”です。それから、“扱い”という言い方もあらためて下さい。失礼ですから」

「はーい」

(たぶん、ぜんぜんわかってないな……)

彼の苦労を察しつつ、心の中で大きなため息をつく。

よほど業務に支障が出るようなら、麗華先生の介入があるでしょうけど。

いずれしばらくは様子をみるしかなさそうだ。

(今週は金曜日が貴志先生と桑野先生の担当かぁ)

通常は“麗華先生+誰か”という体制でやっているのだけど、先週にひきつづき今週もまた変則的で。

どうしたって避けては通れないとはいえ、金曜日がくるのが憂鬱で、正直ちょっと怖かった。

とりあえず、月火水は福山さんの態度や言動にイライラしながらも、大きな問題もなく過ごせて一息。

木曜日は私はお休みだったけれど、あいにく彼は非常勤のクリニックへ出勤だった。

彼が留守の一人と一匹の家で、ぱっとしない気持ちのままなんとなく過ごす。

(明日は金曜日かぁ……)

貴志先生に会うのがやっぱり気重で仕方がない。

ただでさえ翌日が仕事の休日の夜は憂鬱なのに……。

そんなわけで、せっかくの休日をどんより過ごした私の元へ彼が帰宅した。

「ただいま、って……千佳さんの頭に雨雲が」

「おかえりなさい。湿度が高くてすみません……」

「謝らないでよ。気持ちは察するに余りあるんだからさ」

「うぅ」

彼のふんわり優しい笑顔が尊すぎる件。

一緒にお夕飯を食べて、食後のお茶を飲みながらほっこりしていると、彼のスマホがメッセージを受信した。

彼はやれやれと面倒くさそうに確認すると、遠慮がちに私に言った。

「君にひとつ相談があるのだけど」

「相談、ですか?」

もちろん、ダメなわけがないけれど。なんだろう?

「明日の日中、兄がこの家に荷物を取りに来てもいいだろうか?」

「えっ」

(今さっきの連絡は、お兄さんからの?)

お部屋の状態を知らないのでわからないけど、男の人とはいえ、一人で荷物の搬出とか大変なのでは?

そんなことを考えたけれど、実際は心配無用な話だった。

「急に必要になった仕事関連の本が、どうやら置いたままの荷物の中にあるらしくて。取り急ぎそれだけ回収したいということなんだ」

「なるほど」

お兄さんもドクターということは、医学書の類だろうか。いずれ、とてもお困りに違いない。

「本来なら僕が在宅のときに来てもらうべきなんだが、なにしろ急ぎで。君にとっては不在の間に知らない人間が立ち入ることになってしまうのだけど……」

「そんなそんな。私のほうこそ急に転がり込んで今に至るというか……。だからどうか気にしないでください」

「用事のない部屋を興味本位で覗いていくようなことは決してしない人なので」

彼はとっても申し訳なさそうに説明してくれたけど、本当に申し訳ないのは私のほうだもの。

「大丈夫ですから、どうぞ来ていただいてください」

「すまない。明日はそんな感じだが、近いうちに日程を調整して荷物を引き払うと言っているので」

「そのときは、私もご挨拶させていただいて、お手伝いできれば」

「うん……そうだね。ありがとう」

(秋彦さん???)

なんだろう? 彼の態度にちょっと違和感があったような?? それともただの気のせい???

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