白衣とエプロン 恋は診療時間外に
午後は子どもの患者さんが多かったものの、あまり遅くなることもなく診療を終えられた。
スタッフたちが足早に退勤して、気がつくと残っているのは貴志先生と私だけ。
黙々と締め作業を進める私の傍らで、貴志先生が話しかける。
「キミ、保坂センセイが“キミのこともカノジョのことも同じくらい好きなんだ!”とか言ったらどうするつもり?」
(どうするもなにも……)
「わかりません。それより、やることがないなら早くお帰りになったらいかがですか」
「つれないなぁ。そうだ、これから夕飯でも一緒にどう?」
「せっかくですけど、帰って家で食べますので」
「彼氏と一緒に?」
「プライベートなことですよ」
「はぁー、職場に恋愛持ち込んでおいてよく言うよ」
(この人は……)
でも、なぜだろう?
こんな台詞を言いながらも、貴志先生が彼と私のことを院内で触れ回ることは、やっぱりない気がした。
それは、貴志先生のプライドというか。
私が私の意思で貴志先生を選ぶことが重要で、そうでなければ意味がないというか。
本心はもちろん定かでないけど、先生が言う「選ぶのはキミだ」という言葉が、何よりそれを物語っている気もして。
「保坂センセイってズルいことをする人じゃないと思うけど。でも、優しいタイプでしょ? そういう男って、弱い女を見捨てられなかったり、可哀そうで片方だけバッサリ切るなんてできない、なーんてパターンもあるからね」
「私がその可哀そうな女だと?」
「そうは言ってないけど。可能性はなくはないだろ?」
「それは……」
(そりゃあ、思い返せば困っているところを助けてもらったのが始まりだったし……)
貴志先生は、どうしてこうもピンポイントで脆いところをついてくるのだろう。
「キミ、大丈夫?」
「はい?」
「ボクなんかにちょーっと揺さぶられたくらいで弱気になっちゃってさ」
「そんなことっ」
「だから、ボクにしておけって言うの」
「ですからっ」
「はいはい。手近なところに救いを求めたりはしないと。あれ? 保坂センセイだって手近だよ?」
「先生、本当にいじわるですね……」
「人聞きが悪い。こんな優しいオトコそういないと思うけど?」
「優しいオトコって……」
「まあ、頑張りなさいよ」
(え???)
「じゃ、お疲れさん」
「あ、はい。お疲れ、さまでした……」
先生の口調はとても優しくて、その足取りは軽やかだった。
(本当、意地悪なのか、優しいのか……わからない)
帰りのバスの中でうとうとしそうになっていると、彼からのメッセージを受信した。
《もう少しで出られそうだけど夕飯どうする?何か買って帰ろうか?》
(秋彦さん……)
彼の心遣いに癒されながら、そのままちょっとやりとりする。
《今帰りのバスです。夕飯はお魚を焼く予定なので大丈夫ですよ》
《了解。ところで少し急なのだが、兄が明日の夕飯を一緒にどうかと》
《兄って夏生さんですよね?》
《そう。君と僕と、夏兄と夏兄の“恋人さん”と4人で。詳しくは帰ったらまた相談させて》
私は「わかりました」と打って送信しようとして、だけどそれを一旦止めて、さらに内容を付け足した。
《わかりました。私もお話したいことがあります。》
言って、しまった……。
ちゃんと話したいと思っていたし、話すつもりだったけど。
それでも自分で退路を断ったような、腹を括るように追い込んだような。
それにしても、いきなり夏生さんと会食だなんて。
しかも“恋人さん”まで一緒だなんて。
(なんだか急にいろんなことが押し寄せてきて、心のキャパがみるみるいっぱいになった感じ……)
そんな私が帰宅すると、待っていたのは――。
「……グレちゃん???」
いつもならリビングのほうから駆けてくるグレちゃんが、あの北側の部屋から顔を出した。
夏生さんが昼間いらしたときに、ドアを閉め忘れたに違いないけれど……。
グレちゃんが入って大丈夫なのかもわからないし、とりあえず閉めておいたほうがいいかもわからないし。
私は戸惑いながら遠慮がちに部屋の中の様子をうかがった。
「えっ……」
(このお部屋、って……???)
スタッフたちが足早に退勤して、気がつくと残っているのは貴志先生と私だけ。
黙々と締め作業を進める私の傍らで、貴志先生が話しかける。
「キミ、保坂センセイが“キミのこともカノジョのことも同じくらい好きなんだ!”とか言ったらどうするつもり?」
(どうするもなにも……)
「わかりません。それより、やることがないなら早くお帰りになったらいかがですか」
「つれないなぁ。そうだ、これから夕飯でも一緒にどう?」
「せっかくですけど、帰って家で食べますので」
「彼氏と一緒に?」
「プライベートなことですよ」
「はぁー、職場に恋愛持ち込んでおいてよく言うよ」
(この人は……)
でも、なぜだろう?
こんな台詞を言いながらも、貴志先生が彼と私のことを院内で触れ回ることは、やっぱりない気がした。
それは、貴志先生のプライドというか。
私が私の意思で貴志先生を選ぶことが重要で、そうでなければ意味がないというか。
本心はもちろん定かでないけど、先生が言う「選ぶのはキミだ」という言葉が、何よりそれを物語っている気もして。
「保坂センセイってズルいことをする人じゃないと思うけど。でも、優しいタイプでしょ? そういう男って、弱い女を見捨てられなかったり、可哀そうで片方だけバッサリ切るなんてできない、なーんてパターンもあるからね」
「私がその可哀そうな女だと?」
「そうは言ってないけど。可能性はなくはないだろ?」
「それは……」
(そりゃあ、思い返せば困っているところを助けてもらったのが始まりだったし……)
貴志先生は、どうしてこうもピンポイントで脆いところをついてくるのだろう。
「キミ、大丈夫?」
「はい?」
「ボクなんかにちょーっと揺さぶられたくらいで弱気になっちゃってさ」
「そんなことっ」
「だから、ボクにしておけって言うの」
「ですからっ」
「はいはい。手近なところに救いを求めたりはしないと。あれ? 保坂センセイだって手近だよ?」
「先生、本当にいじわるですね……」
「人聞きが悪い。こんな優しいオトコそういないと思うけど?」
「優しいオトコって……」
「まあ、頑張りなさいよ」
(え???)
「じゃ、お疲れさん」
「あ、はい。お疲れ、さまでした……」
先生の口調はとても優しくて、その足取りは軽やかだった。
(本当、意地悪なのか、優しいのか……わからない)
帰りのバスの中でうとうとしそうになっていると、彼からのメッセージを受信した。
《もう少しで出られそうだけど夕飯どうする?何か買って帰ろうか?》
(秋彦さん……)
彼の心遣いに癒されながら、そのままちょっとやりとりする。
《今帰りのバスです。夕飯はお魚を焼く予定なので大丈夫ですよ》
《了解。ところで少し急なのだが、兄が明日の夕飯を一緒にどうかと》
《兄って夏生さんですよね?》
《そう。君と僕と、夏兄と夏兄の“恋人さん”と4人で。詳しくは帰ったらまた相談させて》
私は「わかりました」と打って送信しようとして、だけどそれを一旦止めて、さらに内容を付け足した。
《わかりました。私もお話したいことがあります。》
言って、しまった……。
ちゃんと話したいと思っていたし、話すつもりだったけど。
それでも自分で退路を断ったような、腹を括るように追い込んだような。
それにしても、いきなり夏生さんと会食だなんて。
しかも“恋人さん”まで一緒だなんて。
(なんだか急にいろんなことが押し寄せてきて、心のキャパがみるみるいっぱいになった感じ……)
そんな私が帰宅すると、待っていたのは――。
「……グレちゃん???」
いつもならリビングのほうから駆けてくるグレちゃんが、あの北側の部屋から顔を出した。
夏生さんが昼間いらしたときに、ドアを閉め忘れたに違いないけれど……。
グレちゃんが入って大丈夫なのかもわからないし、とりあえず閉めておいたほうがいいかもわからないし。
私は戸惑いながら遠慮がちに部屋の中の様子をうかがった。
「えっ……」
(このお部屋、って……???)