白衣とエプロン 恋は診療時間外に
夏生さんが使っていたというそのお部屋は、そこで過ごしていたという形跡はなく、言ってみればトランクルームのようだった。
積み上げられた段ボールの山の他に、床には中途半端に開けられた段ボールがいくつかあって。
かわいいキャラクターグッズや、漫画などが姿をのぞかせている箱がいくつか。
そして、それとは別に医学書が詰め込まれていたであろうものがあった。
目的のご本を探して、とりあえず適当に箱を開けていったのだろうか。
(それにしても、このお部屋の雰囲気って……)
机としても使えるようにできた作り付けの棚の上には、たくさんのぬいぐるみが並んでいて。
それはどれもとても大事にされている印象だった。
そして、布団袋の上にはクリーニング屋さんのビニールがかかったままの衣類が何着も無造作に重ねて置いてあって。
しかも、その衣類は――。
(全部、女の人の服だ……)
きれいなブラウスにスカート、スカーフにワンピース。
(あ、このワンピースって……!)
ちょうど一番上に置いてあった一着は、すぐにどこのブランドが見当がついた。
そう、彼もお気に入りのあのお店のものだ。
私が衣類や雑貨を買ってもらった、あのお店の……。
(これって……これって、どういうこと……!?)
この部屋を使っていたのはお兄さんである夏生さん。
でも、お部屋にあるのは明らかに女性のものばかり。
ということは、明日お目にかかる約束をしている“恋人さん”のもの?
何か事情があって、一時的にこのお部屋に置いてあるだけ?
ぐるぐる想像してみても、なにかしっくりこない……。
(とりあえず、彼に連絡しておこう……)
不可抗力とはいえ、お部屋の中を見てしまったこと。
グレちゃんがお部屋の中に入っていたこと。
私が取り急ぎメッセージを送ると、すぐに返信がきた。
《もうすぐ家。部屋はそのままで大丈夫。グレが入りたがっているようなら開けたままにして自由にさせておいてくださいな》
(……それだけ???)
思いのほかあっさりした返信に、ちょっと拍子抜けして脱力する。
あんなに厳重に部屋へ立ち入らないようにと鍵までしめていたのに?
(ダメだ、なんか余計に頭が混乱してきた……)
一旦思考を停止しようと、私が心を無にして夕飯の支度をしていると、ほどなく彼が帰ってきた。
「ただいまー。おっ、グレは久しぶりにお気に入りのお部屋に入れてご機嫌だな」
「あの……おかえりなさい」
「ただいま。千佳さんもおかえりなさい」
「あ、はい」
彼がぜんぜんいつもどおりに見える件。
(なんだろう? 私が無駄に考えすぎちゃっているだけとか?)
「あー、魚が焼ける美味しそうな匂いがする」
「えっ、と……すぐにご飯にできますから」
「ありがとう。お腹空いてるんだ、とても」
にっこり笑う彼はやっぱりいつも彼に見えた、のだけど――。
「部屋の中を見て、びっくりしたよね?」
「えっ」
私の戸惑いはどうやら考えすぎなどではなくて。
あの部屋にはやっぱり何か事情があるようだった。
「お腹ぺこぺこなんだけど、食事の前に話をしてもいいだろうか? このまま食べても、なんだかうまく喉を通らない気もして」
「もちろん」
「すまない。じゃあ、とりあえず手を洗ってくるよ」
「はい。お茶、淹れますね」
キッチンでお茶を淹れている間に、彼は何やら持ってリビングへやって来た。
私はお茶をのせたトレイを持って、ソファーに座る彼の隣りに静かに掛けた。
「お茶どうぞ。ほうじ茶にしてみました」
「ありがとう」
「あの、そのフォトフレームは?」
「レイちゃんの結婚式のときの写真。ほら、兄弟でカルテットを披露したっていうあのときの」
「あー、なるほどですね」
彼とふたり肩を寄せ合うようにして、しばし写真をじっと眺める。
きっちりと正装した四兄弟が楽器を持って並んでいる、とても華やかで微笑ましい一枚。
「左から、上の兄の春臣、末っ子の冬衛。その隣が僕で、一番右が下の兄の夏生だよ」
「春臣さんと秋彦さんが眼鏡なんですね」
「えー、見るとこそこ?」
「いや、なんとなく?」
思わずふたりであははと笑う。
でも、笑いながらも心の内では緊張していた。
彼もきっと同じ気持ちだったのかも。
お茶を飲んで一呼吸おいて、彼は静かに話し始めた。
「僕の家族の話を聞いてもらえるだろうか?」
「聞かせて、もらえますか」