白衣とエプロン 恋は診療時間外に
夏生さんは、お兄さんだけどお姉さん?
お姉さんだけどお兄さん???
「驚いたよね、やっぱり」
「それはっ……はい」
「僕だって、思いもしなかったからね」
彼は情けなさそうに微笑んだ。
「兄弟の中で一番近いのは自分だと思っていたのに、実際は……。本当、少しも気づくことができなくて……」
そうして、彼は「夏兄から、君に伝えておいて欲しいと言われているから」と前置きをしたうえで、夏生さんのことを教えてくれた。
夏生さんが子どもの頃から、言い知れぬ違和感や生きづらさを感じていたこと。
家族だからこそ相談できない苦しさの中、よき理解者として夏生さんに寄り添ってくれたのが麗華先生だったこと。
親元を離れてから、少しずつ自分らしく生きられるようになったこと。
“恋人さん”との出会いが、夏生さんにとって人生の大きな転機になったこと。
「夏兄のパートナー、勝(まさる)さんというのだけど。勝さんのお父さんに病気が見つかってね。しかも、見つかったときにはもう手の施しようがないという状態で。夏兄は勝さんと一緒にお父さんを見守ることにしたんだよ。で、慌ただしく入院先の近くで二人で暮らすことが決まって。本当、急な引っ越しだったから。この家に荷物が仮置きされているのはそういうわけなんだ」
「そんなことがあったんですね……」
「勝さんは、お父さんに夏兄のことを“一生をかけて大切にしたいひと”って紹介したんだって。“彼”ではなく“彼女”としてね」
そこまで話すと、彼は少し思いつめたような表情(かお)をした。
「お父さんはとても安心して喜んでくださったそうだよ。息子にいい人ができてよかった、そばにいてくれる人がいてよかった、と。ただ、夏兄はすごく複雑な気持ちだったみたい。自分について“すべて”を話していたわけじゃないから」
「そんなことっ……」
きっと、お父さんを安心させてあげたいという思いで、思い切って夏生さんを紹介したに違いない。
言葉が足りないのは嘘にはならない。
だから、夏生さんは嘘つきじゃない。
私は全力で夏生さんに味方したい気持ちでいっぱいだった。
「5月の連休のとき、僕が急に帰省したことがあったでしょ?」
「はい」
私がこの家の“お留守番ネコ”になったときのことだ。
「あのときは、思いつめた夏兄が、思い立って帰省して、両親にカミングアウトしたら実家が大混乱になって」
「ええっ」
「夏兄もいろいろ思うところがあったんだよね。けど、親は親でけっこうショックが大きくて。あまりちゃんと話せないまま、夏兄も実家をあとにすることになってさ。いつまでもあちらを離れているわけにもいかなかったし」
そのあとは、勝さんのお父さんにつきっきりの状態となって、ご実家とは連絡を取れないまましばらく過ぎて。
勝さんのお父さんは、息子とその恋人に見守られながら穏やかに息を引き取られたということだった。
「本当、最近になってようやく少し落ちついてきたかなというくらいで。夏兄ともやっと話せるようになって」
「そうだったんですね」
「君にはずっと申し訳ないと思っていたんだ」
「え?」
「君は他者の領分に興味本位で踏み入りたがるような人ではないと理解しているけれど。それでも、開かずの部屋のことは決していい気はしないだろうと思ったし。でも、夏兄のことは家族だからといって僕が勝手にあれこれ話していいことではないから。個人の尊厳にかかわる話というか。だから、夏兄本人と落ち着いて話せるようになるまで、僕からは何も言えなかった……」
(秋彦さん……)
お姉さんだけどお兄さん???
「驚いたよね、やっぱり」
「それはっ……はい」
「僕だって、思いもしなかったからね」
彼は情けなさそうに微笑んだ。
「兄弟の中で一番近いのは自分だと思っていたのに、実際は……。本当、少しも気づくことができなくて……」
そうして、彼は「夏兄から、君に伝えておいて欲しいと言われているから」と前置きをしたうえで、夏生さんのことを教えてくれた。
夏生さんが子どもの頃から、言い知れぬ違和感や生きづらさを感じていたこと。
家族だからこそ相談できない苦しさの中、よき理解者として夏生さんに寄り添ってくれたのが麗華先生だったこと。
親元を離れてから、少しずつ自分らしく生きられるようになったこと。
“恋人さん”との出会いが、夏生さんにとって人生の大きな転機になったこと。
「夏兄のパートナー、勝(まさる)さんというのだけど。勝さんのお父さんに病気が見つかってね。しかも、見つかったときにはもう手の施しようがないという状態で。夏兄は勝さんと一緒にお父さんを見守ることにしたんだよ。で、慌ただしく入院先の近くで二人で暮らすことが決まって。本当、急な引っ越しだったから。この家に荷物が仮置きされているのはそういうわけなんだ」
「そんなことがあったんですね……」
「勝さんは、お父さんに夏兄のことを“一生をかけて大切にしたいひと”って紹介したんだって。“彼”ではなく“彼女”としてね」
そこまで話すと、彼は少し思いつめたような表情(かお)をした。
「お父さんはとても安心して喜んでくださったそうだよ。息子にいい人ができてよかった、そばにいてくれる人がいてよかった、と。ただ、夏兄はすごく複雑な気持ちだったみたい。自分について“すべて”を話していたわけじゃないから」
「そんなことっ……」
きっと、お父さんを安心させてあげたいという思いで、思い切って夏生さんを紹介したに違いない。
言葉が足りないのは嘘にはならない。
だから、夏生さんは嘘つきじゃない。
私は全力で夏生さんに味方したい気持ちでいっぱいだった。
「5月の連休のとき、僕が急に帰省したことがあったでしょ?」
「はい」
私がこの家の“お留守番ネコ”になったときのことだ。
「あのときは、思いつめた夏兄が、思い立って帰省して、両親にカミングアウトしたら実家が大混乱になって」
「ええっ」
「夏兄もいろいろ思うところがあったんだよね。けど、親は親でけっこうショックが大きくて。あまりちゃんと話せないまま、夏兄も実家をあとにすることになってさ。いつまでもあちらを離れているわけにもいかなかったし」
そのあとは、勝さんのお父さんにつきっきりの状態となって、ご実家とは連絡を取れないまましばらく過ぎて。
勝さんのお父さんは、息子とその恋人に見守られながら穏やかに息を引き取られたということだった。
「本当、最近になってようやく少し落ちついてきたかなというくらいで。夏兄ともやっと話せるようになって」
「そうだったんですね」
「君にはずっと申し訳ないと思っていたんだ」
「え?」
「君は他者の領分に興味本位で踏み入りたがるような人ではないと理解しているけれど。それでも、開かずの部屋のことは決していい気はしないだろうと思ったし。でも、夏兄のことは家族だからといって僕が勝手にあれこれ話していいことではないから。個人の尊厳にかかわる話というか。だから、夏兄本人と落ち着いて話せるようになるまで、僕からは何も言えなかった……」
(秋彦さん……)