白衣とエプロン 恋は診療時間外に
ラベンダーの香りの湯船につかりながら、ゆっくりと考えた。

(ありのまま、か……)

先生には自分の弱い部分をたくさん見せている。

仕事の失敗も。元カレとのみっともないところも。頼れる友達もいないぼっちな自分も。

それに――。

先生と初めて同じベッドで眠った夜(正確にはグレちゃんも一緒で、何もなかった夜……)。

その翌朝、お腹に鈍い痛みを感じると思ったら、遅れに遅れた生理がきた。

不順がちだし、遅れていたからといって“心あたり”になるようなことは皆無だったし、そのうち来るだろうくらいに思っていたら……。

しかも、その日はめずらしく生理痛が重めで。

「体調よくない? 顔色悪いみたいだけど」

「それが……」

私は正直に不調の原因を打ち明けた。

「我慢しないで薬を飲んだほうがいい。市販の頭痛薬があるから。君がいつも飲んでいるものと同じかわからないが」

「すみません」

「謝ることじゃないでしょ」

「でも、迷惑やら心配やら、いっぱいかけてばっかりだから」

「頼ってよ。君は頑張りすぎるところがあるから。無理をしているのを見るほうが辛い」

(先生……)

保坂先生は専門が耳鼻科といっても、やっぱりドクターにかわりない。

だから言いやすかったのもある、と思う。

そして、そのタイミングで「生理なので」と言えたことは、私をとても気楽にした。

だって、夜になって悩まなくてもいいから。

ベッドに入る直前に言うのは、相手が「したい」と思っている前提みたいで。

それってともすれば、とんだ勘違い女になりかねないし。

ベッドに入って“そういう雰囲気”になってから言えば、お互いに気まずくなりそうで。

その微妙な感じが嫌なのだ。

元カレなんて、自分からデートに誘っておいて、私が生理だと知ったとたん「なんだよ、生理かよ」とあからさまにガッカリしたことあったっけ。

もちろん、保坂先生は元カレとは違う。

でも……やっぱりちょっと悩む。

私がブルーな日々を過ごす間、先生はとにかく私の体を気遣ってくれた。

「僕が隣にいてもかまわない?」

「へ?」

寝室でそう聞かれたとき、最初どういう意味かわからなかった。

「ひとりでいたいとか、そっとしておいて欲しいとか、もしもそういった“気分”なら、和室を使ってもいいし。もちろん、僕がそちらで寝てもいいし」

「ええっ、そんな」

「僕は男だから。やっぱり女性の大変さがわからないというか。医者のくせにと言われると、まったく面目ないのだが……」

(いや、それは無理でしょう……)

「とにかく、君の過ごしやすいようにしてもらえたら」

(ああ、私すごく大事にされてる)

「それなら、やっぱりこのお部屋で先生と一緒に寝てもいいですか?」

「もちろん」

「グレちゃんも?」

「君が望むなら」

先生の声はとっても優しくて、ふんわりと微笑んだその顔も、やっぱり優しくて。

私は遠慮なく先生のベッドにもぐりこんだ。

グレちゃんも、そろそろーっとやって来て、気に入った場所へ落ち着いた。

「先生」

「なんだろう?」

「生理って感染るって知ってます?」

「…………ええっ!?」

くだらないネタでも、いまいちど真剣に考えるところが、保坂先生らしいと思った。

「女子の間ではまことしやかに言われているんです」

「そうなの?」

「はい。遅れていて心配なコが、生理のコに“うつして~”と言ってくっついたり」

「なんと……」

「ま、都市伝説ですよね。けど、メンタルも影響あるって言うし、あながち否定もできないかも?」

「なるほど」

「すみません。こんな与太話」

「いや、興味深いよ。うん」

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