白衣とエプロン 恋は診療時間外に
それでも、先生が私に興味を持ってくれていることが素直に嬉しい。嬉しくて幸せで、なんだか自然と笑みがこぼれた。

「どうかした?」

「いえ、なんていうか……こんなふうに話すのって、すごく新鮮だなぁと思って」

「新鮮???」

先生はいかにも不可解という顔をした。

(私、何か変なこと言った……???)

「だって、こういうときって、その……無言でいなきゃいけないのかなって、だから……」

たぶん、私はとても不安そうな顔をしていたと思う。

「千佳さん」

先生はそんな私に優しいキスをしてくれた。あやすような、なだめるような、或いは――慰めるような。

「大切なことを話すから、よく聞いてね」

「はい……」

「無言でいなきゃいけないなんて、そんなルールはないんだよ。少なくとも、僕らの間には」

口調は穏やかだけれど、どこか厳しい。そんな話し方だった。

「君は言いたいことがあれば言えばいいし、黙っていたいならそれでもいいし。要するに、我慢する必要はないということ」

(先生……)

「僕としては話してくれたほうが嬉しいけど。嫌なことは嫌、痛いときは痛い、そうやって伝えてくれたほうがいいと思うし。それに……」

「……それに?」

「何も会話がないって、淋しい気がしない?」

「それは……っ」

瞬間、キスで唇をふさがれた。でも、私だってちゃんとわかっていた。それが「黙っていろ」なんて意味じゃないことを。

「雰囲気ぶち壊し、とか思う?」

「そんな、ことは……」

髪を優しく撫でられて、頬にそっとキスをされ、鼓動が切なく速くなる。

「千佳さん、戸惑ってる?」

「……ちょっとだけ」

正直に答えた。だって、先生が我慢しなくていいと言ったから。それに、かっこつけても、すぐに嘘だと見抜かれてしまうだろうし。

「雰囲気とかじゃなくて、先生は私の固定観念をぶっ壊してる感じ、というか……」

「呪いを解こうとしているのかもしれない」

「呪い、ですか???」

「そう。僕は存外、嫉妬深い男だってこと。まったく情けないけど」

(ああ、そういう意味……)

さしずめ“元カレの呪縛”といったところか。

「がっかりしてる?」

「ちっとも」

「嫌いになる?」

「そう見えますか?」

「まったく」

笑い合って、じゃれあって、触れ合うだけのキスをする。

パジャマのボタン全開で、勝負下着を惜しみなく披露しながら、ころころ笑って、ほっこりしてる。

まったく、ふたりともいいオトナなのに。それとも、いいオトナだから? ううん、そうじゃなくて、それはきっと――保坂先生とだから。

「千佳さん」

「え?」

「ずっと、好きでいて」

耳元でそう囁いた先生の声は、どこか切なく甘やかで、私の心をふるわせた。

もう胸がいっぱいで言葉が出なくなっちゃった。

「ずっとずっと、大切にするから」

(先生……)

私がただただ全力で頷くと、先生は優しく頭を撫でてくれた。嬉しくて、あったかくて、安心する。

(私、まるで子どもみたい)

実際は、ものすごくオトナっぽいことしようとしているのに。

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