白衣とエプロン 恋は診療時間外に
こんな気持ち初めてだと思う。

義務だとか、嫌われないためだとか、そんなんじゃなくて、ただ素直に望んでいる。

先生のことが好き。大好きだから。

先生をもっと知りたくて。だから、この向こう側へ行ってみたいって希ってる。

なのに――。

「千佳さん。ひょっとして、本当はすごく苦手だったりする?」

「えっ……」

無意識に、私の表情は歪んでいたのかも。

先生が喜んでくれた勝負下着が丁寧に取り去られたとき、私の胸をいっぱいにしたのは“恥じらい”ではなく“重圧”だった。

がっかりさせてはいけない。

頑張って耐えなければいけない。

自動的に作動したおかしな思考回路。

そんな心の動きを、先生は見逃さなかった。

「千佳さん」

「あの……苦手かというとまあ……正直、あまり得意ではなかったというか」

「もし、無理をしているなら――」

「してませんっ、無理だなんてそんな」

先生を想う気持ち、求める気持ちは本当だもの。

「だって、先生は今までの人とは違うから」

私のこと――ちゃんと見てくれて、考えてくれて、とても大事に想ってくれて。

先生は私に「何か」を求めているわけじゃない。

望んでくださっているのは、ありのままの私なのだから。

「まいったな」

「え?」

「嬉しくて舞い上がってしまうよね、そんなこと言われたら」

そうして先生は思い切り優しく微笑むと、隣に寄り添って、腕枕で私を抱き寄せた。

「さて。一時中断です」

「へ?」

(先生、いったい何を???)

本当、保坂先生の行動は読めなくて謎すぎる。

「やっぱりちゃんと聞いておきたいのだけど」

「なんでしょうか?」

「苦手は苦手として、生理的に無理とかそういう話では――」

「ない、と思います。ただちょっと、痛いのは苦手なので……だから、ですかね」

返答に困って苦笑いすると、先生はその静かな瞳を切なそうに翳らせた。

「君は」

先生の大きな手が、ふわりと私の頬に触れる。

「ずっと我慢ばかりしてきたの? ずっとずっと、与えるばかりで」

「それは……」

「そんな関係は絶対間違っている。あってはいけないことだよ」

(先生……)

泣いて、しまいそうだった。

静かで真っすぐな眼差しも、そっと私の髪を梳く長い指も、優しさでいっぱいで。

その優しさは、ずっと切望していた、私だけに向けられる特別な優しさだったから。

「ひとつルールを作ろうか」

「え?」

先生、またまたいったい何を???

本当にもう保坂先生は唐突だったり謎だらけ。

でもやっぱり、そういうところもたまらなく好きなのだから。

「ルール、ですか?」

涙と一緒にちょっとだけ出た鼻水をすすりながら聞き返すと、先生は照れるでもなく淡々と言った。

「そう。君と僕だけの秘密のルールです」

秘密のルール……。

「約束の言葉をひとつ決めておこう」

先生の提案はとても思いがけないもので。

同時に、ものすごく“私思い”のものだった。

「途中で中断や中止をしたいとき、それを相手に伝えるための言葉を決めておくとよいかと」

「なるほど……」

「千佳さんはきっと“やめて”とか言いづらいだろうし。そのうえ、我慢してしまう癖もあるようだから」

「それは……はい」

「僕だってほら、男は男でいろいろあるので。途中で断念みたいになったときにどう伝えるかって、悩ましいといえば悩ましい気もするし。そういうときにキーワードがあると便利かと」

保坂先生が潔すぎる件……。

そして、こういう保坂先生がやっぱり好きすぎる件!
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