白衣とエプロン 恋は診療時間外に
先生の飾らない感じを、とても好きだと思う。

潔いその感じは、俺様の気障な台詞よりずっと、私にとって、男らしくて頼もしくて。

先生の心の広さは、私を自由で気楽にした。


「興覚めなことを言うようだが」

「なんでしょう?」

「商売柄、僕は痛くしないよう細心の注意を払う技術を持っている」


(この人はまた、こんなときにそんなことを)


まったく、冗談が下手にもほどがある。

その下手さ加減が絶妙すぎて、悶絶しちゃうじゃないですか。


「先生、おもしろすぎです……」

「君は本当に優しいな」

「もう、私は先生のそういうところが大好きで、大好物なんですから」

「千佳さんは無理をしない」

「え?」


先生の声は穏やかで、とてもとても真っすぐだった。


「僕も無理をしない」

(先生…………)


それは、夢のように甘く、何もかも溶かしてしまうほど、深くて熱いキスだった。

とろけるように心がゆるんで、体がひらいていくような、しっとりゆるやかな不思議な感覚が全身を包む。


「絶対に無理はさせないから」

(大丈夫。よく、わかってますから)


それでも、やっぱり嬉しかった。

ちゃんと言葉で伝えてくれる、先生のその気持ちが――。

先生が言うとおり、人間の体はとっても繊細。

それはそうなのだけど、だけど、ちょっと……現金といえば現金な気もした。

本当、些細な不安はまったくの杞憂でしかなくて――。

先生は驚くほどあっさり私に馴染んだ。


「大丈夫?」

「なんか、あの……」

「なんだろう?」

「……しっくり、きます」


(そうか、私は先生がよかったんだ。保坂先生じゃなきゃ……ダメだったんだ)


「ところで、千佳さんは」

「え?」

「まさかと思うが、僕の名前を知らないのだろうか……」


うわわわわっ、どうしようっ。

いつかは乗り越えなければとわかっていたけど、まさかこの瞬間にイベント発生だなんて。


「し、知らないわけないじゃないですか。ちゃんと漢字でだって書けますし。大丈夫です。問題、ないです……」


(なんつう答え方をしているんだろ、私は)


「それなら」

「はい……」

「僕のことも、名前で呼んでもらっても?」


(そう、きますよね……)


今さらといえば今さら。

だってもう、先生と私ってば、めでたくこんなことになっちゃってるのに。

なのに、こんなにも……勇気が要る。


「千佳さん?」


ああもう、逃れられるわけないんだから。

いろんな意味で、抜き差しならぬ状況だし?(言い方!)


「…………秋彦さん」


たぶん、今日イチ必死で頑張ったと思う。

そうしたら――。


「まいったな」

「へ?」

「すごい嬉しい、想像以上に」


先生はちょっぴり困ったように、決まり悪そうに微笑んだ。

その笑顔はそれこそ“今日イチ”嬉しそうで、とびきり優しくて、私を思い切り幸福にしたのだった――。





< 78 / 122 >

この作品をシェア

pagetop