白衣とエプロン 恋は診療時間外に
“チカちゃん”
二人と一匹。或いは、飼い主一名と猫二名?
思い切ってアパートを引き払った私は、ようやくというか、保坂家の正しい構成員(?)になった。
思い返せば、緊急避難の名目で保坂家に転がり込んだ私。
それがそれが、まさかまさか、転がりに転がって、こんなことになるなんて。
今ではここが私の帰る家。
嬉しくて楽しくて幸せで。
穏やかで安心で愛おしい。
かけがえのない大切な場所。
ある日曜の朝。
休日だからと目覚ましはかけていなかったのに、いつもの時間に目が覚めた……。
隣では彼がまだ小さな寝息を立てている。
(昨夜はずいぶん遅かったのかな?)
仕事があるから先に寝ていてと言って書斎にこもったきり……結局、私が起きている間に仕事は片付かなくて。
どの職場もそうなのかもだけど、仕事って結局は“ちゃんとやる人”に集中する。
大好きな私の彼は、大そうな働き者だから。
朝寝坊をしてもいいのに早起きするのは、なんだかもったいないような気もしたけれど、思いのほかすっきり目が覚めたので、起きて活動することにした。
彼を起こさないよう細心の注意を払いつつベッドを抜け出す。
キッチンへ向かう廊下の途中で、どこからともなく現れたグレちゃんが合流する。
「おはようございます、グレちゃん」
グレちゃん、昨夜はどんなふうに過ごしていたのだろう?
私が寝るときは一緒に寝室(ドアは少しだけ開けたまま)にいたのだけれど。
完全に都市伝説みたいだけれど、グレちゃんは突如として姿をくらますことがある。
戸建てのお屋敷ならともかく、マンション暮らしのこの家で、いったい何故!?
それでもって、いないいないと探していたら、探したはずの場所にしれっといたりする。
保坂家ではこれを「時空のはざまにお出かけ」と呼ぶ。
まったく猫というのは不思議な生き物だなあとつくづく思う。
コーヒーメーカーのスイッチをONにして一息。
にわかに温かな気配を漂わせ、はりきって仕事に勤しむコーヒーメーカー。
その仕事ぶりをぼんやりと眺めながら、心の中でふとつぶやく。
(秋彦さん……)
もうずいぶん呼び慣れたような。
まだまだやっぱり呼び慣れないような。
心の中で呼んだその名を、なんとなく声に出してみる。
「秋彦さん。秋彦さん。秋彦さん。秋――」
「はい」
「えっ!?」
(いつの間に!?)
っていうか、気配ぜんぜんしなかったんですけど!
時空のはざまならぬ、私の頭の中から飛び出したかのようなタイミング。
パジャマ姿で現れた“ご本人”は、私を後ろから包み込むように抱きしめた。
「ひょっとして練習してた?」
「なんというかまあ……安全基地の指さし確認みたいなものです」
「安全基地というのは、僕が君の?」
「そうです。秋彦さんは私にとって心の安全基地ですよ」
「それはまた光栄の至りだね」
抱きしめる腕にきゅっと力が入る。
髪に触れる彼の気配が、なんだか甘くてくすぐったい。
「コーヒーそろそろできますよ」
「ありがとう」
「秋彦さん」
「うん?」
「呼んでみただけです」
ふふふと笑うと、彼は髪に優しいキスをひとつくれた。