白衣とエプロン 恋は診療時間外に
電気も消したまま、ブラインドも下げたまま。

それでも、朝の寝室は“そういうこと”をするには十分すぎるほど明るく思えた。

(どうしよう……)

よくよく考えてみると、こういう展開(?)って初めてなんだもの。

明るいところでなんてしたことないし?

まして、朝っぱらからなんてそんな……。

薄暗いというより薄明るい寝室で、どうしたものかとちょっと戸惑う。

何が正解か見当がつかないまま、私はとりあえず遠慮がちにベッドに浅く腰掛けた。

「ウチの猫なのに、借りてきた猫みたいになってる」

彼は笑いながら自分も隣に掛けた。

「すみませんね、借りてきた猫みたいで」

「ごめんごめん。なんか可愛かったからつい」

私の不貞腐れた態度なんて、彼はまったく気にもしない。

「千佳さん」

ああ、この人はどうしてこんなに、私の名前を優しい声で呼ぶのだろう。

彼の大きな手が、うつむく私の頬に触れる。

(困ったな……)

恥ずかしくて、どうにも顔を上げられない。

子どもっぽい自分とか、どきまぎしている自分とか。

「千佳さん」

彼はその長い指を私の髪へ差し入れると、ゆっくりとかきあげるようにして優しく梳いた。

「あまり気がすすまない?」

(ええっ!?)

反射的に顔を上げると、少し心配そうに彼が私を見つめていた。

「あのっ、私」

「すまない。さっきは君を試すみたいな言い方をして偉そうにたしなめるようなことをしておいて。自分はこんな聞き方を……」

思いがけず、彼をしゅんとさせてしまった。

(ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ)

「気がすすまないとかじゃなくて。ただ思ったより部屋が明るいなぁと思っただけで」

「でも、それが千佳さんにとって本当に嫌なことだったら、それは決して些細なことではないでしょ」

“言いたいことを言う”は“言うべきことを言う”ということ。

彼と一緒に暮らし始めて、私はその大切さを知ったはずだった。

それは嫌なことは毅然として「NO!」と言う、だけじゃなくて――。

「大丈夫ですよ」

私は横から彼の肩にしがみつくように抱きついた。

そうしてそのまま、私にとっての伝えるべきことを切々と伝えた。

「そりゃあまあ、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいに違いないんですけど。けどまあ、私も秋彦さんと“平日の朝は厳禁の魅惑的なこと”とやらをしたいと思っているわけで……だから、その……」

最後はもう完全に開き直っていた。

「そもそも恋愛なんて恥ずかしいことばっかりなんでしょうし。まあいいや、みたいな」

私が一方的に話し終えると、彼は思い切り私を抱き寄せた。

「本当、君には敵わないな」

くつくつと笑う彼に、わざと不服そうに答える。

「なんですかそれ」

「いや、達観しているなぁというか」

「そんなことあるわけないじゃないですか」

「でも、言うとおりだなと思って」

「何がです?」

「“恋愛なんて恥ずかしいことばっかり”という話」

「だって……そうでしょ?」

「うん。だからこそ、誰とでもできるわけじゃない」

(特別だから……特別なふたりだから、できること)

おずおずと顔をあげると、彼が愛おしそうに私を見てた。

私はちょっと勇気を出して彼の眼鏡のフレームに手をかけた。

けれどもまあ、その不慣れな手つきのぎこちないこと……。

「いちいち可愛すぎて困るよ」

「あいにく眼科勤務じゃないんで。たどたどしくてもご愛敬です」

「はいはい。ずっと耳鼻科でお仕事してください」

冗談を言い合っていても、ふたりを包む空気はもうじゅうぶんにとろけるように熟していた。
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