白衣とエプロン 恋は診療時間外に
ゆるゆるとキスをしながら、静かに押し倒されていく。

仰向けで倒れ込んだかっこうで目を開けると、天井を背景に私を見下ろす彼がいて――。

(やっぱり眼鏡ないと、感じがちょっと違うから……)

ずいぶん見慣れたつもりでも、ドキドキして気恥ずかしさに目をそらす。

「対峙したとき猫は視線を逸らさないものだと思うけど?」

彼が意地悪を言ってくすりと笑う。

「いろいろなんですよ、猫も」

どうせ意気地のない猫ですよ、と心の中で悪態をつく。

そんな可愛げのない猫にも、彼は優しいから。

「ま、うちの猫が一番だけどね」

やっぱり楽しそうに笑うと、私の脚をひょいっと持ち上げて、枕を頭に寝かせ直した。

開き直ったつもりでも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。

恥ずかしがっている顔を見られるのが、それこそ恥ずかしくて。

パジャマのボタンを外されながら、私は腕で両目を覆うようにして、表情(かお)を隠そうとした。

そんな気苦労を知ってか知らずか、彼が暢気な口調でぼやく。

「あーあ、視力が2.0ならなぁ」

「そんな!近視に乱視の彼氏、最高ですよ」

不謹慎ながら彼の視力の悪さが救いという状況で、切実な私である……。

しかしまあ、こんなときなのにロマンチックとは程遠いこと。

でも、私たちにはそれこそ取るに足らぬこと。

「千佳さんは、ベランダで育てるもの何か希望ある? 花でも何でも」

「んー、そうですねぇ」

髪を撫でられるのが気持ちよすぎて、思考回路が、ふわふわ、ふにゃふにゃ。

それでも、ちょっと意地になって考える。

「朝顔、とか……どう、でしょう?」

「お、いいね。ちょっと懐かしい」

彼はまるで“よくできました”のご褒美みたいに、髪にひとつキスをくれた。

でも、それは始まりのひとつ目のキスに過ぎなくて。

「朝顔ってさ、涼しげできれいで――」

優しいキスは、頭のてっぺんから、おでこに、まぶたに、頬に、耳へとおりてきて――。

「可愛らしいよね」

(あ……っ)

耳元で囁く声は、ちょっと意地悪で。

だけど、とろけるように甘やかで。

その甘美な響きに、私の思考回路はますますおかしくなっていく。

「僕は水色が好きだけど。君は?」

さらっと聞きながら、しれっと首筋にキスをしてくる、底意地の悪さといったらもう。

「何色が好き?」

鎖骨のあたりに唇を押し当てられて、甘酸っぱいくすぐったさに身をよじる。

「うす、むらさき、とか……?」

(ああ、もう……)

照れ隠しに勝手に意地を張ってみるも、すぐに限界だった。

だって、心から彼を求めているから。

そして、彼もまた同じ気持ちでいてくれていると信じている。

信じて疑わないけれども、それを確かめたい、確かめ合いたいと望んでいる。

愛情を確かめ合う方法は、決して体を重ねるだけじゃない。

そんなことはわかっている。

体のつながりがなければ偽物だなんて思わないし、ましてやそれがすべてだなんて思わない。

でも、彼と出会って知ってしまったから。

キスは挿入に至るための単なる手順ではないことを。

触れ合って、語り合って、一つになって、そうして得られる特別な幸福感を。

だからもう望まずにはいられない、求めずにはいられない。
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