白衣とエプロン 恋は診療時間外に
本当に昔の自分が嘘みたい。

とろとろに甘やかされて、ほどけて、とけて、おちてゆく。

どうにかなってしまいたい本心と、どうにかなってしまいそうな本当。

(でもっ……)

迷う必要もなければ、そもそもそんな余裕もないくせに、それでも抗おうとする謎ムーブ……。

「千佳さんて、へんなとこで強情だったりするよね」

「そん、な……こと……」

「意地っ張りな千佳さんも可愛いけど」

こんな面倒くさい女をまるごと許す包容力。

そして、飽きもせず気長に甘やかしてくれるのだから。

「僕は意外と負けず嫌いだったりして」

彼はちょっと意地悪もするけれど、やっぱり寛容で献身的だと思う。

自分の欲求などはまるで後回しに、たんたんと、ゆるゆると、甘い刺激を与えつづける彼の余裕。

要求されるから提供する、請求されたから差し出す、そんなふうに捧げものみたいに与えるばかりだった私が今は――惜しみなく与えられる愛情で満たされている。

「千佳さん」

そうやってまた、とろけるように優しく名前を呼ぶから。

(もう、どうにでも、どうなってもかまわない)

私は痺れるような甘い快感を享受した――。

フワフワ? クタクタ?? ヨレヨレ???

こんな姿、彼にしか見せられない。

見られたくない、彼にしか――。

タオルケットを素早く引っ張って、抱きしめながら一言。

「“対象、完全に沈黙しました”」

「そんな、やっつけられたみたいな言い方」

彼が朗らかに笑って、私の頭を優しく撫でる。

「このまま“続き”をしても?」

その声は甘い熱を帯びていても、やっぱり穏やかで冷静だった。

決して「いいよね?」という付加疑問文ではなく、彼は本当に私の意思を確認している。

ここでもし「続きはちょっと……」と言っても、彼は気分を害したりはしないのだろう。

たとえ心の内は複雑だったとしても、私が気に病むような態度は絶対に取らないに違いない。

彼のような慎重な態度って、「いちいち聞かないでよ」とか「わかるでしょ」と、イラっとしてしまう女性もいるのかも?

でも、私はとても好もしいと思ってる。

純粋な気遣いなら素敵だし、ちょっとした臆病さであっても、言葉にして伝えてくれた勇気は愛おしいと思うし、好きなコを困らせたい甘い意地悪だったとしても、まあそれはそれで。

そりゃあ、ちゃんとお答えするのは、やっぱり少し恥ずかしくはあるのだけれど。

「……続き、したいです」

ぼそっと呟くみたいな言い方、すみません……。

「はい。じゃあ、ちょっと待っていてください」

「……はい」

頭ポンポンなんて大技を繰り出されて、私はタオルケットをいっそう強く抱きしめた。

そのまま、ちょっと“待っている”あいだ、タオルケットにくるまりながら右にコロコロ、左にコロコロ。

左右に転がって遊んでいるうち、タオルケットがおもしろい感じにぴったり体に巻き付いた。

(ああ、これって……)

私は天井を仰ぎ見つつ、胸のあたりで腕をクロスさせてみた。

「秋彦さん」

「なんだろう?」

「私って、ミイラっぽくないです?」

思いついてしまったら言わずにいられなくて、つい……。

「ミイラというのは、ツタンカーメン的な?」

「そうそう、それです、それです」

勝手に嬉しくなって起き上がって彼を見ると――。

「……どうしよう、僕の彼女がおもしろすぎる」

彼氏が肩を震わせ笑っている件。

「えーと……なんかすみません」

悪びれもせず、とりあえず謝るとか不誠実?

「いや、なんていうか、うん。本当、和むよ、千佳さんといると」

彼は笑いすぎてちょっと涙目になっていたけれど、私は違う意味で泣きそうになった。

しょーもないことを言って今さら恥ずかしくなったからとかではなく(それも無くはないけれど)、こうして一緒にいられることが心から幸せで。

「千佳さん、“ぎゅーってするやつ”する?」

「します!」

“ぎゅーってするやつ”は、ここ最近の私のお気に入りというか。

「おいで」

言われるままに、私は“準備”ができた彼と自分からすすんで一つになった。

向かい合うかっこうで“ぎゅーっ”として、密着する感じがこの上なく心地よい。

「なんか安心します」

「これ好きだもんね、千佳さん」

「ダメですか?」

「ダメじゃないですよ?」

ふふふと笑い合って、キスをして、それからまた抱きしめ合う。

「こんなふうにさ――」

「え?」

「いや、ずっと一緒に笑っていられたらいいなと思って」

(私だって、私のほうこそ……)

思えば思うほど、望めば望むほど、想いがみるみるあふれてきて、私はいっそう強くしがみつくように抱きついた―ー。

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