白衣とエプロン 恋は診療時間外に
園芸コーナーでの買い物をどうにか終えて、荷物を手早く車に積み込む。
最後にちょっとだけ例の大型スーパーに寄って夕飯用の惣菜を買い込んだ。
高速は渋滞もなく概ね快適で、思ったより早く家に帰れそうだった。
「お惣菜、いっぱい買っちゃいましたね」
「今夜は米をセットするだけでよさそうだ」
「お味噌汁くらいつくりますよ」
「そんないいよ。味噌汁ならインスタントのがあったし、楽しようよ。せっかくの“惣菜祭り”なんだから、ちゃんと手を抜かないと」
ハンドルを持って前を見たまま、穏やかに笑う彼の横顔。
本人に言ったことはないけれど、こうして助手席で彼の隣にいるのがとても好きだったりする。
彼の運転は安全で安心で、とても優しい。
「“ちゃんと手を抜く”って、“細心の注意を払って怠りなく手を抜く”みたいじゃないです?」
「君はまたそういうことを言い出すから」
ちょっと呆れたような口調でいても、その横顔は間違いなく愉快そうだった。
まったく、今となっては“保坂先生は不愛想で表情が乏しい”なんて思っていた自分が本当信じられない。
こんなふうに、こんなふたりになれて、私ってすごく幸運だなって思う。
自宅に着くとすぐ炊飯器のスイッチをオンにして、あとは一息つく間もなしに作業を始めることにした。
ガランとした広いベランダで、運び込んだ土やら種やら苗やらがお待ちかねだ。
「私、自分のくつ持ってきますっ」
広さに関係なくたいていの家がそうだと思うけど、ベランダ用のサンダルは一足しかなかった。
私はパタパタと玄関へ行ってくつを取って戻ると、ベランダに立つ彼の隣に並んだ。
「千佳さん用のサンダルも買ってくればよかった。失敗したな……」
(失敗だなんてそんな……)
しょんぼりしている彼が、なんだか気の毒やら、かわいいやら、愛おしいやら。
「じゃあ、今度買いに連れていってもらってもいいですか?」
「もちろん」
「楽しみです。どっちから足を入れても履けちゃう便利なやつとかいいかも」
「へえー、そういうのがあるんだ」
ふたりとも「土いじり」なんて完全な初心者だったけれど、作業は思いのほか楽しかった。
バジルとミニトマトは苗を植え替えして、朝顔は種まきをした。
ミニトマトと朝顔はプランターに支柱を立てた。
ミニトマトの支柱にはさらに、アイコには黄色のリボンを、千果には赤色のリボンを結んでみた。
「支柱の下のほうなら大丈夫でしょうか? 絡まったりとか」
「大丈夫でしょ」
向かって左側が黄色いリボンのアイコちゃん、右側が赤いリボンのチカちゃん。
(こうして見ると“お友達”というよりも……)
「なんか、双子の姉妹みたいじゃないです?」
「双子?」
どちらもミニトマトとはいえ、実際は種類違いで色も形も違うのでとても双子とは言えないのだけど。
でも、この黄色いとリボンと赤いリボンの感じが、子どもの頃に好きだったキャラクターを連想させるものだから。
「赤いリボンがトレードマークの白猫のキャラクターは超有名ですけど、実は彼女には双子の妹がいて、そのコは色違いのリボンを――」
「知ってる」
「えっ」
「いや、その……下の兄が好きで」
(お兄さんが、サンリオのキャラクターを???)
さすがに想定外でちょっとびっくり。
けどまあ、子どもの頃って男の子でも一般的には女の子向けとされる可愛いものを気に入って持っていたりすることあるし。
というか、子どもに限らず可愛いものをこよなく愛する男性がいても何が悪いという話だし。
そういえば、下のお兄さんてグレちゃんの飼い主さんだった人だもの。
「お兄さん、本当にネコ好きなんですね」
「そうだね」
彼は静かに微笑むと、私の手をそっと握った。
「朝顔のほうは、いつ頃芽が出るだろう?」
「そうですねぇ、待ち遠しいなぁ」
「花が咲くの今から楽しみだね」
「ですね!」
本当、子どもみたいだけど素直に楽しみではしゃいでしまう。
そんな私の耳元で、彼は囁くように言った。
「“薄紫色”、だよね?」
「えっ……!」
(この人はもうっ!!)
「さあ、今夜は“惣菜祭り”だ。夕飯にしよう」
「たくさんあるからって食べすぎ厳禁ですよ」
「あーあ、明日は仕事かあ。働きたくないでござる」
「“惣菜祭り”で元気出すでござるよ」
日曜の夕暮れ時は、名残惜しくて切なくて、明日を思うとちょっと気重なもの。
だけど、ふたりでいれば、そんな憂鬱さえも笑いにかえて元気になれた――。
最後にちょっとだけ例の大型スーパーに寄って夕飯用の惣菜を買い込んだ。
高速は渋滞もなく概ね快適で、思ったより早く家に帰れそうだった。
「お惣菜、いっぱい買っちゃいましたね」
「今夜は米をセットするだけでよさそうだ」
「お味噌汁くらいつくりますよ」
「そんないいよ。味噌汁ならインスタントのがあったし、楽しようよ。せっかくの“惣菜祭り”なんだから、ちゃんと手を抜かないと」
ハンドルを持って前を見たまま、穏やかに笑う彼の横顔。
本人に言ったことはないけれど、こうして助手席で彼の隣にいるのがとても好きだったりする。
彼の運転は安全で安心で、とても優しい。
「“ちゃんと手を抜く”って、“細心の注意を払って怠りなく手を抜く”みたいじゃないです?」
「君はまたそういうことを言い出すから」
ちょっと呆れたような口調でいても、その横顔は間違いなく愉快そうだった。
まったく、今となっては“保坂先生は不愛想で表情が乏しい”なんて思っていた自分が本当信じられない。
こんなふうに、こんなふたりになれて、私ってすごく幸運だなって思う。
自宅に着くとすぐ炊飯器のスイッチをオンにして、あとは一息つく間もなしに作業を始めることにした。
ガランとした広いベランダで、運び込んだ土やら種やら苗やらがお待ちかねだ。
「私、自分のくつ持ってきますっ」
広さに関係なくたいていの家がそうだと思うけど、ベランダ用のサンダルは一足しかなかった。
私はパタパタと玄関へ行ってくつを取って戻ると、ベランダに立つ彼の隣に並んだ。
「千佳さん用のサンダルも買ってくればよかった。失敗したな……」
(失敗だなんてそんな……)
しょんぼりしている彼が、なんだか気の毒やら、かわいいやら、愛おしいやら。
「じゃあ、今度買いに連れていってもらってもいいですか?」
「もちろん」
「楽しみです。どっちから足を入れても履けちゃう便利なやつとかいいかも」
「へえー、そういうのがあるんだ」
ふたりとも「土いじり」なんて完全な初心者だったけれど、作業は思いのほか楽しかった。
バジルとミニトマトは苗を植え替えして、朝顔は種まきをした。
ミニトマトと朝顔はプランターに支柱を立てた。
ミニトマトの支柱にはさらに、アイコには黄色のリボンを、千果には赤色のリボンを結んでみた。
「支柱の下のほうなら大丈夫でしょうか? 絡まったりとか」
「大丈夫でしょ」
向かって左側が黄色いリボンのアイコちゃん、右側が赤いリボンのチカちゃん。
(こうして見ると“お友達”というよりも……)
「なんか、双子の姉妹みたいじゃないです?」
「双子?」
どちらもミニトマトとはいえ、実際は種類違いで色も形も違うのでとても双子とは言えないのだけど。
でも、この黄色いとリボンと赤いリボンの感じが、子どもの頃に好きだったキャラクターを連想させるものだから。
「赤いリボンがトレードマークの白猫のキャラクターは超有名ですけど、実は彼女には双子の妹がいて、そのコは色違いのリボンを――」
「知ってる」
「えっ」
「いや、その……下の兄が好きで」
(お兄さんが、サンリオのキャラクターを???)
さすがに想定外でちょっとびっくり。
けどまあ、子どもの頃って男の子でも一般的には女の子向けとされる可愛いものを気に入って持っていたりすることあるし。
というか、子どもに限らず可愛いものをこよなく愛する男性がいても何が悪いという話だし。
そういえば、下のお兄さんてグレちゃんの飼い主さんだった人だもの。
「お兄さん、本当にネコ好きなんですね」
「そうだね」
彼は静かに微笑むと、私の手をそっと握った。
「朝顔のほうは、いつ頃芽が出るだろう?」
「そうですねぇ、待ち遠しいなぁ」
「花が咲くの今から楽しみだね」
「ですね!」
本当、子どもみたいだけど素直に楽しみではしゃいでしまう。
そんな私の耳元で、彼は囁くように言った。
「“薄紫色”、だよね?」
「えっ……!」
(この人はもうっ!!)
「さあ、今夜は“惣菜祭り”だ。夕飯にしよう」
「たくさんあるからって食べすぎ厳禁ですよ」
「あーあ、明日は仕事かあ。働きたくないでござる」
「“惣菜祭り”で元気出すでござるよ」
日曜の夕暮れ時は、名残惜しくて切なくて、明日を思うとちょっと気重なもの。
だけど、ふたりでいれば、そんな憂鬱さえも笑いにかえて元気になれた――。