白衣とエプロン 恋は診療時間外に
午前の診療を終えて、ようやく昼休憩。
(今日はお蕎麦の気分かなぁ。朝はパンだったし)
「清水さんはお昼持ってきた人、じゃなさそうね……」
エプロンを外そうとしていたら、唐木さんに声をかけられた。
「はい。ちょっと出てきます」
「もう何食べるか決めてるの?」
「今日はお蕎麦がいいかなって」
「あら、いいわね!」
「よかったら一緒にいかがです?」
唐木さんは麗華先生の信頼もあつい働き者の看護師さんで、とても話しやすいかたなので、私も頼りにさせていただいている。
「そうねぇ。あー、でもやっぱり着替えるの面倒だし。また今度一緒に!」
(確かに、ナース服から私服に着替えて、戻ったらまた着替えるとか面倒そう……)
女性スタッフたちは、だいたいいつも院内のスタッフルームで昼食をとっている。
この界隈はオフィス街がほど近くランチをする店には事欠かない。
それでも外へ出ないで済ませようとするのは、やっぱり着替えが面倒だから。
評判の店にみんなで誘い合わせて出かけることもあるようだけど、頻度はそう高くない。
この辺りのランチタイムの客層はオフィスの人々(もちろん、私たちのようなビル診療所で働く人々も含まれる)。
だから、デリバリーのお店も多いし、なんなら呼ばなくても、ビルの下まで降りて行けば昼限定の出張販売を利用することもできたりする。
それでも、保坂先生は……。
貴志先生や桑野先生は女性スタッフたちの輪に加わって、お喋りしながら昼食をとることが多い。
麗華先生は、たまに(おそらく定期的に)スタッフルームに顔を出して、美味しいデリをごちそうしてくださったりするのだけど、そんなときでも保坂先生はやっぱりいない。
おそらく、スタッフルームの雰囲気が苦手なのだろう。
そのへんは私も同じなのでよくわかる。
だから、こうして外へ出る(私はエプロンを外すだけなので面倒もないし)。
残念ながら、保坂先生とお外で合流して“ふたりでランチ♪”なんて展開はないけれど。
(今ごろまだ、カルテの整理してるのかなぁ)
お昼を一緒に食べないのは、ふたりのことがバレるのを警戒してのことではない。
単純に昼休みの入り時間が違うのだ。
保坂先生は昼休憩の入り時間が遅い。
それは、午前の診察が一通り終わるとすぐカルテの整理を始めるから。
診察中のカルテの入力はどうしても、会計へまわすための必須情報と、時間の許す限りできる範囲の入力になる。
本当なら、丁寧で細かい入力ができればよいのだろうけど、それをしていたらとてもじゃないけどまわらない。
だから、カルテを見返して整理をする。
思い出しながらの入力になるので、なるべく時間を置かずに解決するのが保坂先生の流儀らしい。
麗華先生は逆に、お昼を最速で済ませて診察室へ戻ってきて、同じようにカルテを見てる。
正直、貴志先生と桑野先生はあまり熱心ではない。
もしも診察中に完璧なカルテを作成できるスゴ技を持っているなら神だけど。
お蕎麦を食べて戻ってきて、ちらっと診察室を覗くと、麗華先生ひとりのようだった。
(よかった、ちゃんとご飯食べに行けたんだ)
彼が食いっぱぐれ……お昼を食べ損ねずに済んだようで「ほっ」とする。
スタッフルームへ行くと、皆さんまだまだお寛ぎ中のご様子だったけど、やっぱりその輪に入る気にはなれなくて。
ゆっくり歯磨きもしたいので早めに戻るとして、とりあえず給茶コーナーの整理だけは済ませて行こうと思った。
スタッフルームの隅っこにある給茶コーナーは、福利厚生としてクリニックから提供されているのだけど、なし崩し的に私がひとりで管理している。
ここのお茶やコーヒーがどのように補充されているかなんて、たぶん誰も気にしていない。
もちろん“誰かがやっているのだろう”という認識はあるでしょうけど。
それが誰かなんてどうでもいい。
大事なことは、そのお鉢が自分にまわってこないこと。
そして、いつも飲みたいときに飲みたいものが飲めること、それだけだから。
ちょうど、お茶やドリップコーヒーのパックを補充し終えたときだった。
「お疲れ様です」
昼食終わりで戻ってきたのであろう保坂先生がスタッフルームにやって来た。
「あぁ、おつかれさまでーす」
一瞥をくれたあと、すぐまたお喋りに熱中する女性スタッフたち。
誰も保坂先生のことなど気にしていない。
そして、部屋の隅で軽作業をする私のことも。
だけど、私はちゃんと気づいている。
自分が彼にしっかりと視認されているということを。
それをわかったうえで、私は大きく伸びをして、伸ばした両腕を戻すと見せかけて――胸元でクロス。
(“ミイラ”のポーズでーす)
さて、彼の反応はというと――?
(あ、逃げた)
ハンガーラックから白衣を取って逃げるように立ち去る後ろ姿に、私は心の中でほくそ笑んだ。
そのあと診察室へ戻る前にトイレで歯磨きをしていると、スマホがメッセージを受信した。
(まあ、くる気はしていたけど)
案の定、メッセージは彼からだった。
《あとでお話があります》
(あらら、これは小言でも言われるのかしら?)
でも、スタンプを見るかぎりやっぱり怒ってはいないみたい。
(ちょっ……このスタンプって、わざわざ購入したんだよね?)
無表情のスフィンクスがおもしろすぎる件!
そして、そんなスタンプをわざわざ買ったりする彼が大好きな件!!
(今日はお蕎麦の気分かなぁ。朝はパンだったし)
「清水さんはお昼持ってきた人、じゃなさそうね……」
エプロンを外そうとしていたら、唐木さんに声をかけられた。
「はい。ちょっと出てきます」
「もう何食べるか決めてるの?」
「今日はお蕎麦がいいかなって」
「あら、いいわね!」
「よかったら一緒にいかがです?」
唐木さんは麗華先生の信頼もあつい働き者の看護師さんで、とても話しやすいかたなので、私も頼りにさせていただいている。
「そうねぇ。あー、でもやっぱり着替えるの面倒だし。また今度一緒に!」
(確かに、ナース服から私服に着替えて、戻ったらまた着替えるとか面倒そう……)
女性スタッフたちは、だいたいいつも院内のスタッフルームで昼食をとっている。
この界隈はオフィス街がほど近くランチをする店には事欠かない。
それでも外へ出ないで済ませようとするのは、やっぱり着替えが面倒だから。
評判の店にみんなで誘い合わせて出かけることもあるようだけど、頻度はそう高くない。
この辺りのランチタイムの客層はオフィスの人々(もちろん、私たちのようなビル診療所で働く人々も含まれる)。
だから、デリバリーのお店も多いし、なんなら呼ばなくても、ビルの下まで降りて行けば昼限定の出張販売を利用することもできたりする。
それでも、保坂先生は……。
貴志先生や桑野先生は女性スタッフたちの輪に加わって、お喋りしながら昼食をとることが多い。
麗華先生は、たまに(おそらく定期的に)スタッフルームに顔を出して、美味しいデリをごちそうしてくださったりするのだけど、そんなときでも保坂先生はやっぱりいない。
おそらく、スタッフルームの雰囲気が苦手なのだろう。
そのへんは私も同じなのでよくわかる。
だから、こうして外へ出る(私はエプロンを外すだけなので面倒もないし)。
残念ながら、保坂先生とお外で合流して“ふたりでランチ♪”なんて展開はないけれど。
(今ごろまだ、カルテの整理してるのかなぁ)
お昼を一緒に食べないのは、ふたりのことがバレるのを警戒してのことではない。
単純に昼休みの入り時間が違うのだ。
保坂先生は昼休憩の入り時間が遅い。
それは、午前の診察が一通り終わるとすぐカルテの整理を始めるから。
診察中のカルテの入力はどうしても、会計へまわすための必須情報と、時間の許す限りできる範囲の入力になる。
本当なら、丁寧で細かい入力ができればよいのだろうけど、それをしていたらとてもじゃないけどまわらない。
だから、カルテを見返して整理をする。
思い出しながらの入力になるので、なるべく時間を置かずに解決するのが保坂先生の流儀らしい。
麗華先生は逆に、お昼を最速で済ませて診察室へ戻ってきて、同じようにカルテを見てる。
正直、貴志先生と桑野先生はあまり熱心ではない。
もしも診察中に完璧なカルテを作成できるスゴ技を持っているなら神だけど。
お蕎麦を食べて戻ってきて、ちらっと診察室を覗くと、麗華先生ひとりのようだった。
(よかった、ちゃんとご飯食べに行けたんだ)
彼が食いっぱぐれ……お昼を食べ損ねずに済んだようで「ほっ」とする。
スタッフルームへ行くと、皆さんまだまだお寛ぎ中のご様子だったけど、やっぱりその輪に入る気にはなれなくて。
ゆっくり歯磨きもしたいので早めに戻るとして、とりあえず給茶コーナーの整理だけは済ませて行こうと思った。
スタッフルームの隅っこにある給茶コーナーは、福利厚生としてクリニックから提供されているのだけど、なし崩し的に私がひとりで管理している。
ここのお茶やコーヒーがどのように補充されているかなんて、たぶん誰も気にしていない。
もちろん“誰かがやっているのだろう”という認識はあるでしょうけど。
それが誰かなんてどうでもいい。
大事なことは、そのお鉢が自分にまわってこないこと。
そして、いつも飲みたいときに飲みたいものが飲めること、それだけだから。
ちょうど、お茶やドリップコーヒーのパックを補充し終えたときだった。
「お疲れ様です」
昼食終わりで戻ってきたのであろう保坂先生がスタッフルームにやって来た。
「あぁ、おつかれさまでーす」
一瞥をくれたあと、すぐまたお喋りに熱中する女性スタッフたち。
誰も保坂先生のことなど気にしていない。
そして、部屋の隅で軽作業をする私のことも。
だけど、私はちゃんと気づいている。
自分が彼にしっかりと視認されているということを。
それをわかったうえで、私は大きく伸びをして、伸ばした両腕を戻すと見せかけて――胸元でクロス。
(“ミイラ”のポーズでーす)
さて、彼の反応はというと――?
(あ、逃げた)
ハンガーラックから白衣を取って逃げるように立ち去る後ろ姿に、私は心の中でほくそ笑んだ。
そのあと診察室へ戻る前にトイレで歯磨きをしていると、スマホがメッセージを受信した。
(まあ、くる気はしていたけど)
案の定、メッセージは彼からだった。
《あとでお話があります》
(あらら、これは小言でも言われるのかしら?)
でも、スタンプを見るかぎりやっぱり怒ってはいないみたい。
(ちょっ……このスタンプって、わざわざ購入したんだよね?)
無表情のスフィンクスがおもしろすぎる件!
そして、そんなスタンプをわざわざ買ったりする彼が大好きな件!!