花の鎖・蝶の棘
花宮果乃二十五歳
「花宮主任!好きです。俺とつ、つつつつ付きあって下さい!」
飲みかけたアイスコーヒーが一気に喉元を通過していく。さっきまで賑わっていた休憩室が一瞬にして静まり返り、周りの視線が突き刺さっていた。
カラン……
グラスの中の氷が揺れ、私は目の前で真っ赤になりながら震える仔犬のような後輩を見下ろした。
入社一年目のまだ学生くささの抜けない男だ。彼の上司……と言う立場を抜きにしても、この青臭さと動物的可愛さから目をかけ何かとフォローしたり指導して来たがまさか、こんな事になるとは思っても見なかった。
まして、どこか頼りないと思っていたのにこんな大人数の前で告白してくるとは予想外だ。
彼には可哀想だけどーー
「悪いけど、社内に色恋を持ち込みたくないの。それに、君にはまだまだ教えたい事もあるし、その価値があると思ってるのよ?私の期待に応えてくれるでしょ?」
諭すようにそう告げると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせ「すみませんでした!頑張ります。必ず先輩の期待に応えてみせます!」と、嬉々として去っていった。
暫くして、休憩室から感嘆の声が漏れ始める。
「流石、花宮の姉御。手玉に取った年下男は数知れず!」
「飼い主になって欲しい先輩No.1」
「ヒールで踏みつけられながら優しく笑いかけて欲しい憧れの上司!」
「振る時さえ男をやる気にさせる魔性のテクニック!やるねー」
毎度の事ながらそろそろうんざりして来た今日この頃。
花宮果乃(ハナミヤカノ)25歳。この後、会社員生活が突如終わりを迎える事になるなんて予想だにしていなかったーー