花の鎖・蝶の棘
「気持ちいいくらい綺麗に食べてくれたわね……」
洗い場に下げられた食器はどれも綺麗に食べられていた。普段の食事が余程のものなのか、それともーー
「まあ、下手な味付けはしてないつもりだけどね。」
自分で食べてもいつも通りだったし。それに、今まで作ったものを不味いと言われた事もない。
むしろ、
『果乃の作ったメシ、最高!毎日食べてぇな。あ、結婚したら食えるな。』
思い出したく事ばかり頭に浮かぶ。振り切った筈の思い出にいつまで振り回されるつもり?
私らしくない。
「さっさと後片付けしなきゃ!」
この時代には水道も洗剤もない。井戸水を汲んで食器を桶に漬けて洗わなくてはいけないらしい。しかも、隊士全員分ともなると中々骨の折れる作業だ。
気合いを入れて腕まくりをしたら、カラカラカラと井戸へ桶を沈めていく。桶いっぱいに水が溜まると滑車の力で引き上げるんだけど、これがまた……
「お、重っ……」
力にはある程度自信はあったんだけど、慣れない水汲み方式には通用しないみたいだ。
「……っう……ん!!」
半ば意地になり力任せに引いてみると腕がプルプルと震え出し、 縄を手繰り寄せる手から握力が抜けていくのが自分でも分かった。
落ちるっ!
掴んでいた縄がズルっと一滑りした瞬間、
「おっと、危ねえなぁ。」
背中越しに人の体温、頭上からは低くて柔らかい声。
そして、汲み上げた桶がカラカラといとも簡単に引き上げられていく様を目の当たりにした。
「ここの水桶、女子供が簡単に引けるもんじゃねえんだ。次からは声かけてくれな?」
「左之……あ、ありがとう。」
体温が離れ振り返れば、満タンに入った水桶を軽々と持ち上た左之が笑っていた。