花の鎖・蝶の棘
洗い場にはひたひたに浸かった食器を入れた桶がいくつか並んでいた。
どれも全部、左之が井戸から水を汲み入れてくれたものだ。
「結局、全部準備してもらっちゃったわね。」
有り難いけど何だか申し訳ない気持ちだわ。
「これくらい何でもねぇよ。それにしても、本気で一人でやるつもりか?平助と斎藤が戻ってくるまで置いとけよ。」
内部ではその日食事当番の人が片付けも担っているらしい。それは隊務があろうがなかろうが決まっているらしくて、本来なら私と今日当番の藤堂君と斎藤一も一緒に片付けなんだけど……
「つけ置きってあまり良くはないのよね。それに、無理矢理お世話になってるんだからこれくらいはさせてもらわないと肩身が狭いわ。」
衣食住、タダ同然で置いてもらうわけでしょ?一緒に片付けるの待ってまーす、なんて世の中そんなんじゃやって行けない。
社会人たる者、言われる前に考えて動く!これ常識。
「んじゃ、俺も手伝うか?どーせ今夜は暇だしな。」
そう言うと左之は私から束子を取り上げた。
けど、私は左之の腕を掴んでそれを征する。
「駄目っ。これは私の仕事よ?貴方の仕事は他にあるでしょ。貴方達の事は未だよく知らないけど、新撰組は身体が資本なんだから休むのも立派な隊務じゃないの?
ほら、さっさと戻る!おやすみ。」
左之から束子を取り返し、シッシとあしらい洗い桶の前にしゃがみ込んでお椀を手にした。
すると、後ろで左之が突然大声で笑いだした。
「あはははっ。そりゃ違いねぇ!果乃の言う通りだ。」
「あのねぇ、馬鹿にしてる?」
両目に涙ためて馬鹿笑いしながら言われてもね。
そう言い返した途端、してねぇよと言った左之の顔つきが真面目な表情になった。
「……俺はあんまり一目惚れってやつはしねぇんだけどな。こういうのも有りか。」
「はぁ?何の話し?」
「果乃を俺の女にしたいって話しだ。直ぐにとは言わねぇから、考えといてくれな?」
左之はそう言ってニヤリと笑うと呑気に口笛を吹きながら屯所の中へと姿を消してしまったーー