青に溺れる
「でねでね、お母さんったらひどいんだよ!ちょっとテストで点数悪かったからって、お小遣い下げるって言うの!」

カフェオレの入ったグラスをドンと置き、彼女はむすっとした顔する。

「それは七海(ななみ)ちゃんが悪いよ」

「透子ちゃんまでそんなこと言うんだ~」

彼女は机に前屈みになり、すねたようにそう言った。

「次は頑張ってみようよ」

「うん…」

彼女は川瀬七海(かわせななみ)ちゃん。
私たちが住むアパートの大家さんの娘で、高校生になったばかりの15歳。

ショートカットの、少しおてんばな女の子だ。
引っ越してすぐに仲良くなり、今では時々カフェでお茶をする仲だった。

「透子ちゃんは勉強得意だった?」

「数学は好きだったよ。わからないところがあったら教えようか?」

「いいの?ありがとう!」

「お安いご用だよ」

百面相な子だなあ。

私はくすっと笑う。
5分前には怒ってすねていたのに、表情がころころかわる彼女を羨ましく思った。

私も、七海ちゃんのように素直だったら。
もう少し早く伝えていたら、違う人生が待っていたのかもしれない。

「透子ちゃんは、なんで大学行かなかったの?」

私はどきりとする。

「はじめは行こうと思ったんだけどね…」

「拓海くんと結婚したから?透子ちゃん専業主婦だよね?」

専業主婦。

そうならいいのに。
私は"それにすらなれない"。

私は言葉を詰まらせる。

「結婚は…してないよ」

「え、してないの?これからするの?」

七海ちゃんは意外そうな顔をした。

「私だってしたいよ。でも"できないのよ"」

私はカフェの窓から見える海の遠くのほうを見つめて言った。
七海ちゃんは、それから何も聞いてこなかった。
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