明日へ馳せる思い出のカケラ
 でもどうして彼が俺を見捨てずにいまだに構ってくれているのか。
 面倒見の良い彼の性格が、荒んだ生活を送る俺を放っておけなかった。そんな一面があるのかも知れない。
 けどそれだけが理由だなんて、俺には到底納得出来やしなかった。

 一流企業に就職した彼は、連日の激務による多忙さゆえ時間的余裕なんてなかったはずなんだ。
 それなのに彼は時折俺に連絡をくれ、他愛のない時間を共有してくれていた。
 俺なんかの為に時間を浪費する筋合いなんて、これっぽっちも無いはずのなにね。

 ただその事に俺がどれだけ救われていたかは計り知れない。
 恥ずかし過ぎて直接言えやしないけど、でも本当に感謝しているんだよね、彼にはさ。
 くすぶり続けながらもどうにか俺が生きていられたのは、少なからず彼の優しさに支えられていたからなんだし、その好意に救われていたのは確かなんだよ。だから俺は睡眠を遮断された憤りにも増して、どこか気持ちが落ち着く感じに浸っていたんだよね。

 俺の意識は完全に目を覚ます。
 時計を確認すれば午後3時を少し回ったところだ。バイトは6時からだから、本音を言えばもう少し眠っていたい。
 でも彼からの急な呼び出しに、俺は対応せざるを得ない理由を察する。そして急ぎ支度を整え、俺は家を飛び出したんだった。

「こんな大荒れの天気の中、人を外に呼び出すなんて正気じゃないぜ……」

 胸の内でそう苦言を吐くも、俺は彼に指示されたファミレスへと足を進める。

 横殴りの雨に傘なんて役に立ちはしない。どうにか吹き飛ばされないよう支えているのがやっとと言った感じだ。
 それでも俺が懸命に歩み続けた理由。それは今日を境にして、しばらく彼と会えなくなる。それが俺を懸命にも駆り立てる事情だったんだ。

 彼はもう随分と先にファミレスに来ていたんだろう。
 その証拠に彼の前には平らげたげた後のステーキ皿だけが残っていた。

 俺を待ち侘びて腹が減ったのかも知れない。
 ただ彼は満足げな笑みを浮かべて俺に腰掛けるよう告げたんだ。それが腹を一杯にさせた至福感から来るものなのか、久しぶりに俺の顔を拝めたからなのかは分からないけどね。

 俺はびしょ濡れになったズボンを気に掛けながらも彼の正面の席に座った。
 ひどく水を含んだ冷たいズボンがわずらわしい。

 でもそんな嫌悪感はすぐに影を潜めた。
 それは数ヶ月ぶりに会った彼の表情の変化に気を取られたからだ。
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