明日へ馳せる思い出のカケラ
 彼の顔つきは明らかに痩せ細っている。
 相変わらず眼光に力強さは見受けられるけど、でも学生時代の意気揚々とした表情から比べれば、それは間違いなく衰えを感じてならない。

 恐らく仕事に追われる過酷な日々を送っている現れなのだろう。弛みきった生活をしている俺とはえらい違いだ。

「特に最近は忙しくってな。まともに食事したのは久しぶりだよ。やっぱ菓子パンとかカップラーメンばかりで凌ぐのは良くないよな」

「まだ二十代だからって、いい加減な食生活してるとブッ倒れるぞ」

「ハハッ。それはお前にだけは言われたくないセリフだな」

 彼と会う時は決まってこんな感じの始まり方だ。やはり話し始めてみると、いつもの彼なのだという事を認識出来る。
 俺に変な気を遣わせないよう、あえて自虐的な話題から自然に話しを膨らましていく。
 それを彼が意図して行っているのかどうかは分からない。けど少なからず俺にとってはそれが一番嬉しかったんだ。

 どうしても後ろ向きになりがちな俺の性格からして、出だしを間違えるとたとえそれが気心知れた仲だとしても上手く話せなくなってしまう。
 それを彼が承知していたかは定かではない。けど彼は始めに自分のダメな部分を正直に曝け出し、しかもそれも笑い話しに置き換えながら俺の心を掴んでいく。
 そんな彼の優しさに俺の心は柔和に癒され、嬉しさを感じたんだよね。

 それから少しの間、俺達は互いの近況を話し合いながら談笑を続けた。
 まぁ変わり映えの無い暮らしをしている俺にしてみれば、あえて彼に告げるほどの出来事はないのだけどね。
 どちらかといえば彼の仕事でのエピソードばかりを聞き続けている。そんなところなのだろう。
 それでも俺にしてみれば有意義な時間だった。

 彼の話し方にもよるのだろうが、その内容は聞いていて飽きる事が無い。
 そして若いなりにも彼は相当仕事が出来る男なんだろうね。俺にとってそれは疑いようがない事実だ。

 でも彼の話しにはそれを鼻に掛ける素振りは微塵にも感じられず、むしろユーモラスに聞こえる話に俺は引き込まれていったんだ。

 ズボンもだいぶ乾いてきたんだろう。
 不愉快さは完全に気にならなくなっていた。でも彼が近況で起きたとある仕事の話しをし終えた時、俺の表情は一変したんだ。
 そう、それこそが今日、彼が俺をここに呼び寄せた本題だったんだよね。
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