明日へ馳せる思い出のカケラ
第18話 明かされた真実と嘘
 彼はすでに冷め切ってしまったコーヒーを口に含むと、それを喉の奥へと一気に流し込む。そして一度だけ大きく息を吐き出した。

 その姿はまるでレースに挑む直前の心境そのものに映る。
 いや、俺と彼が囲むテーブル席一帯は、そんな試合でのたかぶる緊張感を遥かに凌駕した張り詰めた感覚で支配していたんだ。

 俺は生唾を飲み込みながら、彼の口から告げられる話に集中力を高めていく。
 ううん、自然と彼の話す言葉以外は耳に入らなかったんだ。
 きっと彼からの話しを聞くことで、思い起こす過去の記憶が脳裏に強く浮かんできたからなんだろう。

 まるで昨日の事の様に思い出される過ぎ去った日々の記憶。
 とうに削除されたはずの思い出が、なぜこれほどまで鮮明に思い返されるのだろうか。

 俺はそれを不思議に感じながらも、しかしその感覚に抵抗しないで身をゆだねていったんだ。


 全ての始まりは、あのグラウンドで起きた緊急事態からだった。

 俺の腕を強く掴んで駆けた君にすがられ、生命の危険に陥った彼女を無我夢中で救助した夕刻のグラウンド。
 あの出来事があったからこそ、俺と君の関係が始まり、また彼女との繋がりも生まれてしまったんだよね。

 ただ事故当時の記憶として俺が覚えているのは、彼女を救ったにもかかわらず、なぜか職員等の関係者から責められる印象だけだったんだ。

 決して間違った行為はしていない。
 ただその時の俺は他人に対して、今と同じくねじ曲がった感情しか抱けなかったんだろうね。
 他人との接触を煩わしいだけだと思っていた。だから俺はそんな関係者とまともに話そうとしなかったんだ。

 でもそれは完全に履き違えた考えだったんだね。
 関係者達は決して俺を責めていたわけじゃなかった。いや、それどころか高く評価してくれていたらしいんだ。

 心配蘇生行為なんて、なかなか素人に出来るモンじゃないからね。
 それに俺の迅速な対応が無ければ、彼女の命は高い確率で失われていた。
 それも否定しようのない現実として、皆は認識してくれていたんだ。

 でも関係者達は立場上、事故の起きた背景を明確に把握しなければいけなかったんだよね。だから彼らは事務的に対応せざるを得なかったんだ。
< 110 / 173 >

この作品をシェア

pagetop