明日へ馳せる思い出のカケラ
 予想外のハプニングがたて続きに起きた異常とも呼べるレースだったけど、でもその中で俺は全力以上の力を出し切り、最高の成績を勝ち取った。

 それとは逆に負傷で棄権を余儀なくされた彼にしてみれば、悔しくて堪らなかったのは当然だろう。けれど彼は自分の身に起きた災難よりも、俺の頑張りを心より嬉しく思ってくれていたんだ。

 誰にも劣らない努力をしていたとはいえ、俺があそこまでの成績を叩き出すとは彼自身も予想していなかったはず。
 でも最後まで諦めない俺の姿勢に胸を打たれた彼は、部員達をあおって必死にスタンドから応援の声を上げてくれたんだ。
 そしてその声援に後押しされて俺はゴールに駆け込んだんだよね。

 スタンドから温かい声を掛けてくれるみんながすごく眩しかった事は今でも忘れられない。
 ただ彼にしてみても、勇敢にレースを駆け抜けた俺の事を眩しく感じてくれていたんだ。

 その後、彼は俺を強引に打ち上げへと参加させた。
 この日を境にして疎遠だった部員達と打ち解けさせたい。そして彼自身も俺との親交を深めたい。それが彼の抱いていた心意なんだろう。
 だって彼はあの時から、ずっと俺に敬意の念を抱き続けてくれていたのだから。

 結果を残すことで、彼の中で俺が陸上選手として一目置かれる存在になったのは事実のはず。
 でもそれ以前に彼の胸の内には、彼女の命を救ったっていう俺の人間性を敬う気持ちが、ずっと刻み込まれていたままだったんだ。
 だから彼は俺に対して親切過ぎるほどに配慮してくれていたんだよ。そしてなにより、彼は俺と君との交際を心から支持してくれていたんだ。

 俺が頑張れる要因が君っていう存在なんだって、彼はよく理解していたんだろう。
 それに俺と君との仲睦まじい姿に穏やかな安らぎを覚えてくれる。彼はそんな優しい性格だったからこそ、俺と君の交際を誰よりも応援してくれていたんだ。

 でもその慈悲なる優しさが、彼の心にシコリを残してしまった。
 些細な善意のつもりが、俺と君の関係をこじれさせる原因になってしまったから。

 そう、彼はあの日、俺に対して彼女に荷物を届ける依頼をした事を後悔していたんだ。
< 113 / 173 >

この作品をシェア

pagetop