明日へ馳せる思い出のカケラ
 いつから察していたんだろう。
 人づてに聞いたからなのか、それとも洞察力の秀でた彼の性質が気付かせただけなのだろうか。

 ただ一つだけ断言出来るのは、彼は君と彼女の間に潜むわだかまりにも気付いていたんだよね。

 健康な体でありながらも幅跳びの選手として陽の当たらない君と、持病を抱えながらもアスリートとして活躍する彼女。
 いつも一緒に練習する二人の姿からは想像出来ない心情でありながらも、彼はその間に隠れる歪んだ感情を漠然としながらも感じ取っていたんだ。

 ただその中で彼が特に気を掛けていたのが彼女の性格についてだったんだ。

 人当たりの良い彼は、大学入学当初より君や彼女を含む同学年の部員達とそれなりの関係性を築いていた。
 そして彼はその過程で彼女の特有とも言える性格を把握する。その二面性とも呼べる【性格の起伏】を良く理解していたんだよ。

 でも彼は彼女がそこまでの行為に及ぶとは考えなかったんだろう。だから彼は些細な善意として、俺に依頼を促してしまっただけなんだよね。

 そんな彼を責めるわけにはいかない。
 だって全ての始まりは、彼女の【嘘】から生まれたものなんだからさ。


 俺と彼女の馴れ合いは、もう述べた通りの結末を迎えた。
 彼女を大切にせず、まして深く傷付けてしまった俺の責任に反論の余地なんて一片もない。
 ただ彼女と過ごした短い期間の中で、俺は一つだけ腑に落ちない疑点を抱き続けていたんだ。

 その疑点とは何か。
 ずっと心の中でくすぶり続けていた悶々としたわだかまり。

 でも彼が告げた彼女の性質を改めて聞き及ぶ事で、俺はそれを明確に理解出来たんだ。
 荷物を届けたあの病室で彼女に告げられた俺への想い。その心意を今更になってようやく把握出来たんだよ。

 彼女はずっと以前より、俺の事を意識していたと言った。君と付き合うよりも前から俺を慕っていたと告白したんだ。
 そしてその想いを断ち切る為にと切に願われ、俺は取り返しのつかないキスを彼女と交わしてしまった。

 その誤った行為自体は俺自身の意気地の無さだったと痛感している。
 全ては彼女の想いをきっぱりと断り切れなかった俺の責任だった。その事は受け止めざるを得ない事実なんだからね。
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