明日へ馳せる思い出のカケラ
 人目の付かない裏路地へと誘われた俺は、そこで三人組の男達に袋叩きにされた。

 全身からは今まで感じたことのない強い激痛が発せられる。
 そんな激しい痛みに犯され続けた俺は、どうする事も出来ずにただ地面にひれ伏すだけだった。

 威勢の良い口ぶりに端を発したケンカは、あえなく返り討ちを喰らって終了する。たった一度の反撃も出来ないまま、それこそ為されるがまま一方的にボコボコにされたんだ。

 でもまぁ、それは無理もないだろう。だって生粋の事無かれ主義者だった俺はケンカが大嫌いだったし、まして人を殴った事なんて生まれてこの方一度も無いんだからね。
 そんな俺が日常的にケンカに勤しむ不良どもなんかに敵うはずないんだよ。

 口の中は苦味の利いた出血で溢れ返り、きしむ肋骨が邪魔をして上手く呼吸が出来やしない。

 それにしても最近のガキ達は手加減ってものを知らないんだね。
 感情の赴くまま力任せに顔を殴り、そして腹を蹴りつける。それも三人が交互に容赦なく俺をいたぶり続けたんだ。

 本当に死んでしまうのかも知れない。度が過ぎる暴行に、俺は身を強張らせて耐え続けるしかなかった。
 でもこんな危機的状況に置かれているのにもかかわらず、なぜか俺は微かな気持ちの疼きを覚えずにはいられなかったんだ。

 そしてその疼きは激しさを増す暴行度合いに比例して、その高ぶりを強めていった。そう、まるで心地良さを覚えて【歓喜】に湧いているかの様に。

 初めからケンカに勝つつもりなんて無かったんだ。俺はただ、痛みに身をゆだねたかっただけなんだ。
 真っ黒に染まった心の歪みから解放されるには、もう他人の暴力に頼らざるを得なかったから。だから俺は勝つ気のないケンカを自分から仕掛けたんだよ。


 俺はどんな表情を浮かべていたんだろうか。
 顔面を幾度も強打され、腹には数えきれないほどの蹴りが浴びせられた。その痛みと言ったら半端なモンじゃない。
 でも俺にはなぜかその痛みが嬉しかったんだ。次の瞬間には死んでしまうかもしれない。でもこの痛みを感じている間だけは、生きている事を実感できたから。
 だから俺はその哀し過ぎるまでの嬉しさに、喜びを感じずにはいられなかったんだよ。

 きっと俺は笑っていたんだろう。
 血反吐をブチ撒いているにもかかわらず、それに最も似つかわしくない微笑みの表情を浮かべていたんだろう。
 だから彼らは俺を気味悪く感じ、暴行の手を止めたんだ。
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