明日へ馳せる思い出のカケラ
第21話 上弦の月が示す道標
 逃げる様にして裏路地から立ち去って行く彼の後ろ姿を見ながら俺は思う。
 なぜ彼はあんな目で俺を見たのだろうか。憐れにひれ伏すだけの俺を不憫に感じたとでもいうのだろうか。
 いや違う。きっと彼は恐れたんだ。弱者の成り果てた姿ってやつをね。

 生きている実感や存在価値を確かめる為に、耐え難い苦痛すら受け入れなければならない。
 辛酸に身をさらさなければ自我を保っていられない。
 自分自身に向けた怒りに心を焼き続けなければ満たされない。

 たぶん彼はズタボロになりながら地べたを舐める俺の姿に、そんな【絶望】を抱いたんだろう。
 それほどまでに俺の傷付いた姿が醜悪なものに感じられたんだろう。
 だから彼は振り返りもせず、逃げる様に駆けて行ったんだ。

 遣り切れないね。まさかあんな不良にまで情けを掛けられるとは思わなかったよ。
 どうせならいっその事、命を絶ってほしかったのにね。

 でもこれが改めて現実なんだと実感せずにはいられない。
 だって彼ほどの非道極まりない不良青年が、俺なんかに哀憐の眼差しをかざしたんだからさ。

 人っていう生き物は、たかだか失恋ごときでここまで地に堕ちるものなのだろうか。
 今更ながらにそう思わずにはいられないよ。いや、自分でも信じられないんだ。これほどまでに君を引きずっている俺自身の心情がね。
 だってそうだろ。君が俺の人生において全てなんかじゃないんだし、まして俺の将来を君が導いてくれるわけでもない。
 落ち着いた考えで結論付けるとするならば、君がいなくなったからって、俺の歩む未来にそれほどの支障が生じるはずなんてないんだよ。

 でもさ、そう分かっているのにさ、俺は縮こまる事しか出来ないんだ。
 安っぽい恋愛ドラマみたいに、俺はいつまでも過去の輝いていた君との生活に想いを馳せる事しか出来ないんだよ。

 恋は人を強くする。でも恋は人を弱くもするんだろうね。今の俺にはそれが身に染みて理解出来る。

 俺がかつて陸上大会で活躍出来たのは君の為に全力を尽くしたからであり、また俺が身勝手に君を傷付けたのは、その満ち足りた想いに甘えてしまっただけなんだからさ。

 俺はそんな恋ってモンが怖くなってしまったから、もう二度とそれをしないって心に誓ったんだ。もう傷つきたくないから、恋する事を諦めたんだよね。
 だから俺は君との思い出のメールも写真も処分したんだ。居た堪れない憂鬱な気持ちになりつつも、手元に残った君の全てを抹消したんだよ。
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