明日へ馳せる思い出のカケラ
 それでも俺は動き続けた。
 一度でも止まってしまったならば、もうそれ以後は何もできなくなってしまう。無意識にもそう心が悟ったんだ。だから俺は身震いしながらも、必死で動き続けたんだ。

 Tシャツ越しに耳を彼の胸に押し当てる。
 まだ僅かに体が温かい。彼が倒れて間もない証拠だ。
 しかしそこで奏でられているはずの鼓動がまったく感じられない。

「ゾクッ」

 背筋にまたも戦慄が駆け抜ける。
 気を抜けば、その瞬間に心は萎縮してしまうだろう。
 そうなる事を恐れた俺は、例えそれが虚勢であったとしても、ためらう事なく大きな声を吐き出したんだ。

「落ち着け、落ち着くんだ!」

 大粒の汗が滝の様に流れ出す。それは走っていた時に流していた汗とは明らかに質が異なるものだ。
 ひしひしと圧し掛かって来るプレッシャーが重い。

 そんな極限の状態の中で、俺は喉元にまで出掛っている弱音を懸命に飲み込みながら、最後にもう一度だけ周囲を見渡した。

「ちくしょう」

 淡い期待を微かに抱くも、やはり救護スタッフが駆け付ける気配は感じられない。
 彼らはどこで油を売っているんだろうか。

 でも事態は一刻を争うばかりだ。
 もうやるしかない。
 覚悟を決めろ!

 彼の体から伝わる感触からして、倒れて間もないっていうのは揺るぎない事実なんだ。
 ならまだ間に合うはず。絶対に彼を救えるはずなんだ!

「これから人工呼吸と心臓マッサージをします」

 俺は君の目を直視してそう強く言った。
 責任を共有したいが為じゃない。まして怖さを紛らわせる為でもない。

 俺は彼を救うっていう【目的】を実行する為に、改めて自分自身に向き合おうと決意したんだ。
 逃げるなんて許されない。その気概を胸に刻み込む為に、あえて君の目を見て言葉を発したんだよ。

 そんな俺に向かって君は即座に頷いた。まるで俺に絶対の信頼を寄せているかの様に。
 いや、俺になら絶対に出来る。君はそう頑なに俺を信じてくれたからこそ、迷いなく頷いてくれたんだ。

 やっぱり励みになるね、君っていう存在はさ。
 すぐそばで君が応援してくれている。
 そう思うだけで俺の気持ちは勇気付けられたんだ。

 あの時はうまく出来た。今度だって救ってみせる。
 俺はそう意気込みを新たにして、君が祈りを捧げる目の前で彼への救助活動を開始した。
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