明日へ馳せる思い出のカケラ
 君のお蔭で無駄なリキみが取れたはずなのに、なぜ体は言う事を利いてくれないのか。
 くそっ、一定のテンポを保つ事すら定まらない。いや、それどころか体にうまく力が入らないんだ。

 俺は愕然とした。
 もう彼を救えないんじゃないか。そんな絶望が頭を過ぎったんだ。

 だってさ、俺は思い出してしまったんだよ。もう自分には、思い通りに体をコントロールするだけの力が残されていないんだってね。
 そうなんだ、俺はこの場所に到達するまでに、40キロ以上もの距離を走っているんだよ。それも自分の持ち得る限界以上の力を出し尽くしてね。

 それでもここまで頑張れたのは、強い前向きな気持ちで自分自身を駆り立てて来たからに他ならないんだ。
 そんな自分の足を前に動かすだけの微々たる力しか、もう俺には絞り出す事が出来ないんだよ。

 屈強な筋肉に守られる彼の胸板が、さも分厚い鉄板の様に硬く感じられる。
 強く押し込むつもりが、逆に跳ね返えされてしまうんだ。

 辛い。辛過ぎる。
 どうして俺はいつもこんな厳しい状況にばかり追い込まれてしまうのだろうか。
 どうして俺はいつも肝心な所でうまく出来ないのか。
 クソッたれが、もう自分の運命を呪わずにはいられないよ。

 ただそんな俺の脆弱さを君は察したんだね。
 口惜しむ無念さに悔やむ俺を不憫にでも感じたんだろう。だから君は俺に言ったんだ。

 俺のすぐ隣にヒザを着き、震えるだけで力の入らない俺の手にそっと自分の手を添えて、君はこう言ったんだ。

「もういいよ。もう直ぐ救護の人が来てくれるはずから、だからもうあなたは無理しないで。これ以上したら、あなたまで倒れちゃうよ……」

 君は涙を浮かべながらそう俺に告げた。
 ひどく哀しい瞳を俺に差し向けて。

 君の見る俺の姿は、それほどまでに疲弊しきったものなのだろうか。
 それほどまでに居た堪れない姿に見えたのだろうか――――。


 冗談じゃない。ふざけるな!
 俺をどこまでバカにすれば気が済むんだ!

 運命っていう名の神がもし存在し、俺を嘲笑っているとしたならば、それは大きな間違いだって言ってやる。
 だって申し訳ないけど今の俺には、諦めるって選択肢だけは死んでも選ぶつもりは無いんだからね。

 ヘドを撒き散らすほどの苦しみに悶えようとも、俺が今を生きている事に変わりはない。
 しかし意識の無い彼にしてみれば、今という一瞬をもし諦めてしまったなら、そこで全てが終わってしまうんだ。
 なら天秤に懸けるまでもない。だってもう少しなんだから。もう少しの努力で彼は絶対に戻って来るはずなんだから。

 俺に迷いは無かった。
 ただ彼の命を救いたい。俺の中にはもう、その気持ちしかなかったんだ――。
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