明日へ馳せる思い出のカケラ
 緊張冷めやらぬこの場所には、まだ興奮や動揺、そして安堵がひしめいている。
 そんな中、複数の乱雑な足音が近寄って来るのが分かった。

 到着したその者達は、周囲にいるボランティア達を無理やり追い払う。
 そしてそんなボランティア達と一緒に、俺も蚊帳の外へと追い遣られてしまった。
 きっと野次馬にでも間違われたんだろう。

 少しイラッとしたけど、でもそれは仕方がないんだよね。
 息を吹き返したっていっても、彼はまだ危険な状態かも知れないんだから。
 彼を助けに来た者達に、わざわざ噛み付いたって意味ないんだもんね。

 いまだ眠ったままの彼を取り囲む救護スタッフ達。
 今頃になって来るなんて、遅過ぎるんだよ!
 俺はそう心の中で呟いただろうか。

 でも手際よく彼に処置を施す、そんな遅れて来た救護スタッフの姿を見て俺は思ったんだ。
 彼らは常に人の命と向き合って仕事をしている者達なんだとね。
 そんな彼らがわざと遅れて来るはずがない。きっと彼らとて、全力で駆け付けて来たはずなんだ。
 だから後は彼らに託すしかない。俺の役目はもう、終わったのだから。

 そう心の中で思った俺は、自分の目指すべき目標のある場所へと戻ろうとした。
 そうなんだ、まだ俺にとってのレースは終わってなんかいない。そしてその目指すべきゴールは直ぐそこにあるんだ。

 俺は決意を新たに走り出そうとする。
 極度に重く感じる体は自分のものじゃないみたいだ。

 それほどまでに俺は体力を出し尽くしてしまったんだろう。
 だけど諦めるわけにはいかない。ここまで来たら、這ってでもゴールしてみせる――って、そう思った時だったんだ。

「待って」

 俺はその声に耳を傾ける事を一瞬ためらう。

 でもダメだった。俺は素直に振り返ってしまった。
 そしてそこで俺が目にしたのは、不安に怯えた心許無い表情を浮かべる君の姿だったんだ。

 どうして君はそんな顔をしているんだ。
 彼の命が救われたんだから、もっと嬉しい顔をしなくちゃダメじゃないか。

 俺は胸の内でそう思った。
 その気持ちはいろんな意味合いが織り成した、俺の精一杯の強がりなのかも知れない。

 でもそう素直に感じたのも、紛れの無い事実なんだよね。
 それに俺は何となく、君の気持を察してしまったから。
 俺にすがろうとする君の心を感じ取ってしまったから。
 だから俺は、あえて自分を戒めようと努めたんだ。

 それが君にケジメを付けられる、唯一の手段だと確信が持てたから。
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