明日へ馳せる思い出のカケラ
 血相を変えて駆け寄って来る一人の女性。
 見覚えのあるジャージ姿に俺は直感的に捉えた。彼女は遠くの砂場で走り幅跳びの練習をしていた人影の一人であるのだと。

 そんな彼女が【君】だったんだね。
 でも運命的な出会いと呼ぶには穏やかではない。なにせその時の君が俺に向けた表情は、尋常でないほど青冷めていたのだから。

 一体何が起きたというのか、不安を抱かずにはいられない。

 正直かなり戸惑った。俺が何かしてしまったのか。初めに頭に浮かんだのはそれだったからね。
 決してやましい事はしていない。俺はただ音楽を聞きながらジョグしていただけなんだ。それなのに俺の頭の中には意味不明な言い訳だけが次々と浮かび上がってくる。
 尻込みする理由は何一つ無いはずなのに、俺は走り寄る君を前にして当惑するばかりだったんだ。

 しかし事態は予想以上に深刻だった。君は俺に近づくと、荒げた息にむせ返りながらも、強く救済を願い出たんだ。

「どうかしたの? 落ち着いて話してくれ」

 俺は物腰を柔らかに聞き尋ねる。混乱する君の口ぶりがかなり錯綜していたから、要領を得られなかったんだ。でも緊迫した君の姿から只事じゃないのは分かる。

 重大な何かが起きているんだろう。すると君は強引に俺の腕を掴んで走り出した。
 言葉に詰まる君は説明するのを諦め、直接俺を現場に連れて行こうとしたんだ。

 強く腕を掴まれたまま訳も分からず俺は走る。どこに向かっているのか? でも俺は直ぐにそれを理解した。日の暮れかけたトラックはかなり暗くなっていたけど、君の目指す場所が砂場であるのに俺は気付いたんだ。

 トラックの片隅にある走り幅跳び専用の砂場。
 俺が知りうる限り、君はそこでもう一人の学生と練習していたはずだ。でも見たところ砂場に人影は無い。ただここに来て激しく鼓動が波打つのを感じる。掴まれた腕から君の焦りやおびえが伝わったのだろうか。

 全力疾走しているはずなのに、やけに目に映る光景がスローモーションの様に感じる。まるで夢の中にでも迷い込んでしまったみたいにね。しかし現実は無情にも俺を追い詰めた。
 ようやく砂場にたどり着いた時、そこで俺は力無く倒れている一人の女性の姿を目にしてしまったんだ。

 女性はあお向けに倒れている。暗くてはっきりとは分からないけど、意識が無いのは間違いないだろう。もしかして死んでいるのか?

 極度の不安に駆られた俺はパニックになる一歩手前だった。突然目の前に突き付けられた現状に頭がついていかない。
 背中は尋常でないくらい粟立っているし、手足はガクガクと震えている。よく膝が笑うなんて体現するけど、まさに今がそれなんだろう。

 俺は混乱のあまり逃げ出したくなった。はっきり言って怖かったんだ。だってそうだろ。目の前には意識の無い女性が倒れている。そして周囲には俺をこの場に連れて来た君一人しかいない。明らかに常軌は逸しているんだ。

 ドッキリでしたとからかってほしい。俺をあざけてくれて結構だ。だから、お願いだから俺をこの悪夢から抜け出させてくれ!

 完全に臆病風に吹かれた俺は、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。

 でもそんな意気地のない弱気な俺に君はすがった。大粒の涙を大きな瞳一杯に浮かべながら俺に助けを求めたんだ。
 そして君は為す術無くうなだれてしまった。でもそれは仕方ないよね。

 だって君は女性が倒れ込むのを目の当たりにしていたわけだし、なにより倒れているのは君の【親友】なんだから。
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