明日へ馳せる思い出のカケラ
まさかあの審判達は素人の集まりなのだろうか。いや、そんなはずはない。いくらこれが公式の試合じゃないからって、それなりの強豪校が毎年参加している大会なんだし、その運営方法にはそれなりの信頼があるはずなんだ。
けど1万メートル走を取り仕切る審判員達の表情には明らかに硬いものがある。特にスタートを告げるピストルを携えた初老の男性審判の身動きはつたな過ぎだ。
俺からその男性まではけっこう距離があるっていうのに、震える彼の手先がのがはっきりと確認出来たほどだからね。
乱雑に混迷する目の前の選手達には目もくれず、高級そうな腕時計ばかりをじっと凝視している初老の審判。
そんな彼の姿に俺はこう思ったんだ。スタートの合図を担う使命に舞い上がり、大切なその瞬間を前にして気持ちがフワフワと浮ついているんじゃないのかってね。
どこかの大学のお偉いさんなのだろうか。それとも大会運営に関わる何らかの権威のある人なんだろうか。でもそんな事はどうでも良い。俺はただ、無事にスタートが遂げられるようにと祈ったんだ。
スタンドから見守ってくれている君に向かってね。
強風は収まるどころか更に激しさを増していく。まるで現状の混乱ぶりを物語っているかの様に。いや、この先に起きるかも知れない不吉な何かを暗示しているかの様にね。
俺は不安を紛らわす為に軽く屈伸運動をした。すくんだ体をほぐす目的も兼ねて。
最後尾にいる俺の周りに選手はまばらだから、その程度の運動に気兼ねはいらなかったんだ。それに隣を見れば、俺と同じ様に体を動かしている選手の姿を確認することが出来る。それらの表情から察するに、きっとその選手らも俺と同じくレースを諦めた者達なんだろう。
他人事の様に冷めた視線が前衛に向けられる。そんな彼らの姿に矛盾した頼もしさでも感じたのだろうか。理由はよく分からないけど、俺は胸に抱く嘆かわしい不安から少しだけ解放されたんだ。
『お前のどこに他人を心配する余裕があるっていうんだ。前の奴らなんか放っておいて、自分の事だけ考えていろ!』って、強く励まされる様にね。
そしてもう一つ。偶然にもその時、俺のすぐ隣に身を置く選手と目が合ったんだ。
するとその彼は前方の人だかりを指差してから、呆れる様に溜息を深く吐き捨てたんだよね。
やれやれ、こうなっちまったら、後は天命に任せるしかないって感じにさ。
俺はその仕草に思わず吹き出しそうになってしまった。レース本番の緊張感とあまりに掛け離れた彼の姿勢に、俺は無二の共感を覚えて仕方なかったんだ。
だから俺は彼に向かい両方の手の平を上に向けて、この混乱した状況を憂いてみせた。すると彼は含み笑いをしながら頷いてくれたんだよね。
強豪校のユニホームを着てはいるものの、あまりアスリートとしての品格は持ち合わせていない。恐らくはレギュラーと控えの境目あたりの選手なんだろう。だからこんなにもレースに関心が無い素振りをしていられるんだ。
俺は共感を覚えた彼についてそう思った。無意識にも波長の噛み合った彼と自分を重ね合わせていたのかも知れないね。
でもそれが大きな間違いだったんだと俺が気付くのは、もう少し先の事だったんだ。
けど1万メートル走を取り仕切る審判員達の表情には明らかに硬いものがある。特にスタートを告げるピストルを携えた初老の男性審判の身動きはつたな過ぎだ。
俺からその男性まではけっこう距離があるっていうのに、震える彼の手先がのがはっきりと確認出来たほどだからね。
乱雑に混迷する目の前の選手達には目もくれず、高級そうな腕時計ばかりをじっと凝視している初老の審判。
そんな彼の姿に俺はこう思ったんだ。スタートの合図を担う使命に舞い上がり、大切なその瞬間を前にして気持ちがフワフワと浮ついているんじゃないのかってね。
どこかの大学のお偉いさんなのだろうか。それとも大会運営に関わる何らかの権威のある人なんだろうか。でもそんな事はどうでも良い。俺はただ、無事にスタートが遂げられるようにと祈ったんだ。
スタンドから見守ってくれている君に向かってね。
強風は収まるどころか更に激しさを増していく。まるで現状の混乱ぶりを物語っているかの様に。いや、この先に起きるかも知れない不吉な何かを暗示しているかの様にね。
俺は不安を紛らわす為に軽く屈伸運動をした。すくんだ体をほぐす目的も兼ねて。
最後尾にいる俺の周りに選手はまばらだから、その程度の運動に気兼ねはいらなかったんだ。それに隣を見れば、俺と同じ様に体を動かしている選手の姿を確認することが出来る。それらの表情から察するに、きっとその選手らも俺と同じくレースを諦めた者達なんだろう。
他人事の様に冷めた視線が前衛に向けられる。そんな彼らの姿に矛盾した頼もしさでも感じたのだろうか。理由はよく分からないけど、俺は胸に抱く嘆かわしい不安から少しだけ解放されたんだ。
『お前のどこに他人を心配する余裕があるっていうんだ。前の奴らなんか放っておいて、自分の事だけ考えていろ!』って、強く励まされる様にね。
そしてもう一つ。偶然にもその時、俺のすぐ隣に身を置く選手と目が合ったんだ。
するとその彼は前方の人だかりを指差してから、呆れる様に溜息を深く吐き捨てたんだよね。
やれやれ、こうなっちまったら、後は天命に任せるしかないって感じにさ。
俺はその仕草に思わず吹き出しそうになってしまった。レース本番の緊張感とあまりに掛け離れた彼の姿勢に、俺は無二の共感を覚えて仕方なかったんだ。
だから俺は彼に向かい両方の手の平を上に向けて、この混乱した状況を憂いてみせた。すると彼は含み笑いをしながら頷いてくれたんだよね。
強豪校のユニホームを着てはいるものの、あまりアスリートとしての品格は持ち合わせていない。恐らくはレギュラーと控えの境目あたりの選手なんだろう。だからこんなにもレースに関心が無い素振りをしていられるんだ。
俺は共感を覚えた彼についてそう思った。無意識にも波長の噛み合った彼と自分を重ね合わせていたのかも知れないね。
でもそれが大きな間違いだったんだと俺が気付くのは、もう少し先の事だったんだ。