明日へ馳せる思い出のカケラ
 ただそうなると浅はかないつもの俺が顔をのぞかせるんだよね。
 このまま走り進むことが出来たなら、もしかすれば上位に食い込めるんじゃないかって具合に。

 まったくもってお調子者なんだよ、俺って奴は。チャンス到来の今だからこそ、落ち着いてレースを進めなくてはいけないはずなのに、肝心な所で自分を見失ってしまう。
 でもそんなテンションの高まりがあったからこそ、体力の限界が目前に迫っている事にもまだ気付かずにいられたんだけどね。

 けど現実がそんなに甘いモンじゃないって事に、俺は改めて思い知らされる。
 残り3周という大詰めを迎えたレース終盤、俺の体に蓄積された疲労が一気に噴き出したんだ。

 追い風のメインストレートを走っているにも関わらず、足が重くて仕方ない。
 羽根の様に軽かった両腕は、今は見る影も無く垂れ下がっている。胸は張り裂けるほどに息苦しく、なんだか視界もぼやけて見える。走るスピードは目に見えて減速していくというのに、胸を打つ鼓動だけは早さを増し続けていくんだ。

 クソっ、ここに来て限界なのか。もう少しでゴールなのに、俺の体は持ち堪えてくれないのか――。

 俺は言う事を聞かない体に苦虫を噛みしめるほどの悔しさを覚えた。
 でもその反面、俺は自分自身に対して甘い感情を覗かせたんだ。ここまで走れたなんて、俺にしてみれば良く頑張ったほうじゃないのかって。いいや、むしろ出来過ぎと言っても過言じゃないはずだってね。

 なんとか体を誤魔化せば、とりあえずはゴールまでは辿り着けるだろう。だからもうこの辺で【レース】は諦めようと思ったんだ。
 ざっと見渡しただけでも俺の前には10人程度先行する選手がいる。表彰台はおろか入賞すら叶わない、レースとしては絶望的な状況なんだ。だからこれ以上勝負にこだわる意味は無いんだってね。

 レースを諦める為の言い訳が次々と頭の中を埋め尽くしていく。
 もう十分だ。良く頑張った。俺の走る姿勢はしっかりと見せられたはずなんだ。――――でも俺は誰に対して、こんなにも精一杯な姿を見せたかったんだろうか。誰の喜ぶ顔が見たかったのだろうか?

 なんだか大切な事を忘れている気がする。大きくて意味のある、とても大切な存在を……。

 もうろうとする意識の中で、俺は霞む視界の先に輝く光を見る。
 そこには一人たたずむ影があり、そのシルエットには確かな見覚えが感じられた。
 そしてその人影は懸命に俺に向かって何かを叫んでいる。

 でも何を言っているのか俺には分からない。
 ただ無意識にも俺はその投げ掛けられる言葉に耳を傾けようとしたんだ。――とその時、

「ガッシャーン!」

 突然何かが崩れ落ちたかの様な、かしましい金属音が競技場に響き渡った。
 そんなあまりにも猛々しい轟音に俺の体は一瞬だけ萎縮する。ただ俺が体を強張らせたのはその音による直接的なものではなくて、視界に飛び込んで来た光景に対してだったんだ。

 有り得ない事に、インフィールドに設置されていたハンマー投げの投擲ミスを防ぐ為のフェンスが、強風にあおられて倒壊してしまったんだ。
 そしてその倒れたフェンスが、1万メートルの競技中であるトラックを塞いでしまった。
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