明日へ馳せる思い出のカケラ
 思いのほか話が弾んだ。いや、以前この病室に来た時と同じで、彼女のマシンガントークを俺が一方的に聞いている。そんな感じだった。
 でもそれだけで病室の雰囲気は十分明るくなっていったんだ。たぶん家族や病院関係者以外で、この病室に足を運ぶ者はあまりいないんだろう。だから話し好きの彼女は、あの時と同じでお喋りが止まらなかったんだろうね。

「秋の大会はおめでとう。すごく良い成績だったんだよね。話しは聞いてるよ!」

 思い掛けなく告げられた祝福に俺は顔を赤らめた。
 入院中とはいえ、彼女も一応陸上部の一員だったわけだし、知っているのは当然の事か。
 ただその理由を聞いて、俺は少しだけ胸に引っ掛かる何かを感じたんだよね。

 俺の成績を彼女に報告した人物。それは君だったんだよね。
 俺は知らなかったんだけど、君は一人でこの病室に度々訪れていたんだ。

 君も水臭いよな。俺も誘ってくれれば良かったのに――。
 初めに頭に浮かんだのはそんな印象だった。でもふと思ったんだよね。もしかして、俺が一緒に居たらダメな理由があったんじゃないのかって。

 女同士でしか話せない下世話な話題なんてのもあるだろう。
 最近は同性の友人とばかり行動を共にしていた俺だけに、そう自身に重ねて思ったんだ。だけどその時になって俺はようやく思い出したんだよ。君が俺に願った、

「一人で彼女のところに行かないで」

 っていう約束を。

 なぜ今になってそれを思い出したのか。
 それは元気に喋っていた彼女の表情が、あの大会の話題に変わった途端、切ないものに感じられたからだ。
 そして彼女から受けるその感情の変化に間違いがないって事を、俺は徐々にではあるけど理解してしまったんだよね。

 君がこの病室に訪れた時の状況は、決まって彼女の止まらないお喋りを聞き続けている。そんな感じだったんだろう。
 でも昨年の秋、俺が大会で好成績を残した報告を彼女に告げた時は、その立場がまったくの逆に入れ替わっていたんだね。

 君は彼女の前で饒舌に俺の話をしたんだ。普段の君からは想像できないほどに多弁で、また熱狂を帯びるほどに興奮してね。
 そんな君の姿に彼女が抱いたのが、確かな妬みだったんだ。
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