明日へ馳せる思い出のカケラ
 ただそれは無理も無いだろう。病気で意気消沈しているところに、試合で好成績を叩き出した愛しい彼氏の勇敢な話を聞かせたんだからさ。
 それもハプニング続きのレースだっただけに、余計にドラマチックな話に聞こえてしまったんだろうしね。

 入院中の彼女の前で、そんな惚気た話をしてしまった君の気配りに問題が無かったかと言われれば、それは少し配慮に欠けていたと言わざるを得ない。
 でもそれが仕方のない事だってのも理解は出来る。だってもし俺と君の立場が逆転していたなら、間違いなく俺は君の事を友人達に自慢していたろうからね。
 それは付き合う恋人同士ならば当然な素行というモンだろ。

 ただそこには一つ、俺の知り得なかった根深い心の隙間が存在したんだ。
 君と彼女の間に潜む朧いだ隔たりがね。

 俺は彼女が何を言っているのか、はじめの内は全然理解出来なかった。
 だって彼女は俺と君が付き合う事を、誰よりも祝福してくれているものと疑わなかったから。

 でも彼女の話しを聞くうちに、俺は身のすくむ事実を目の当たりにしてしまう。いや、悪い冗談だと切望するほどにうろたえてしまったんだ。
 だって彼女もまた、こんな俺を慕ってくれていたんだから。

 嘘だろ、信じられない。
 だけど彼女の口ぶりからして、それが真実なんだって事が空しくも俺の胸に響いて来るんだ。それも彼女が悲痛にあがく心の叫びがね。

 いつから彼女が俺を意識していたのか、また俺のどこに好意を抱いたのか、それは分からない。
 ただ少なくとも、俺が君と付き合う以前より、彼女は俺に想いを寄せていてくれたようなんだ。

 しかし彼女にはいつ発病するか分からない持病がある。
 だから彼女は俺に対してもそうだし、今までに想いを寄せた男性の誰に対しても、その想いを伝える事が出来ていなかったんだ。
 きっと迷惑を掛けてしまうかもしれないからと、自制していたんだろうね。

 ただ彼女は時同じくして、親友であるはずの君が俺という同じ相手に好意を抱いている事を知った。
 それだけでも辛かったはずだろう。だけどそれをあざ笑うかの様にして、俺と君は付き合い始めてしまったんだ。
 それも彼女自身という存在をキッカケにしてね。

 忸怩たる感情は極まっただろう。
 君の事を恨んだり、呪ったりしたかも知れない。
 でも、それでも彼女は自分の心情を必死に誤魔化して、俺と君の交際を祝福するよう努めたんだ。
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