明日へ馳せる思い出のカケラ
 彼女が病に倒れてからは、恐らくその標的を彼氏である俺に向けたんだろう。
 俺に就職先が見つからない状況で、君は一流企業に就職して自尊心を満たしていく。いや、そもそもあのジョギングデートの時もそうだったんだ。
 俺の練習不足は明らかだったはずなのに、君はなかば無理やりに俺を誘った。
 俺に走りで勝てる事を知っていたんだ。だから君はついて行くにも困難なほど疲れた俺の情けない姿を垣間見る事で、自らに傲りを感じ気持ちを高揚させたんだろう。

 君はそうまでして満たされたかったのか。
 そうする事で、自らの生きる証しでも確かめたかったのだろうか。
 ただ一つだけ俺にも分かる事がある。それは君が無意識に他者を傷付けているって事なんだよね。

 俺はそれ以外に考えられなかった。
 君を羨ましいと思うほど、その感情はズルく卑猥な性質にへと黒く染め上げられてしまったんだ。

 まるで彼女の遣る瀬無い気持ちが感染してしまったかのようにね。
 そして彼女が告げた俺への気遣いに端を発し、ついに逆上は抑えを利かなくさせてしまったんだ。

「大丈夫だよ。もう少し頑張れば、ちゃんと決まるよ」

「何をどう頑張ればいいって言うんだよ。軽はずみな事言ってくれんな! お前が言ってるのは就職決まった勝ち組の余裕な意見なんだよ。まだ何も決まってない奴の気持ちなんか、分かるわけないんだから黙っててくれ!」

「そ、そんな。私だって簡単に決まったわけじゃないんだよ。だから就職活動してる人達みんなの苦労は分かってるつもり。もちろんあなたの事だって」

「だったら放っておいてくれよ! 俺は明日面接なんだし、今だってこうして油を売ってる暇はないんだからさ。そもそもお前の自慢話しなんて聞きたくもないし、まして俺の就活の参考にもなりゃしないんだ。俺が受けてんのは三流以下の会社ばかりなんだからさ!」

「会社の大きさなんて関係ないよ。それに私は自慢なんてしてないし、あなたに何かを教えられるほどの事もしてない。私はただ、あなたの苦痛を和らげたいだけなの。何も出来ないけど、あなたの傍に居ることで助けになりたいの」

「それがいらないお世話だって言ってんだよ! はっきり言って邪魔なんだよ。俺は今就活に集中しているんだ。だから余計な口出しは止してくれよ。それとも何か、俺が就活に悩んでいる姿を見て楽しいのか? 俺がお前についていけない姿を見て、滑稽だとあざ笑いたいのか!」

「えっ、何を言ってるの?」

「とぼけるのもいい加減にしてくれよ」

「ちょっと待って。私にはさっぱり」
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