明日へ馳せる思い出のカケラ
「いつだってそうさ。いや、ずっと前からそうだったんだ。お前は内心で哀れな他人をいやしみ、もがき苦しむその姿を覗き見る事で、更にそれらをさげすんでいたんだよ。きっとそうすることでお前は心を満たしていたんだろう。人を小馬鹿にする事で、お前は自分の存在意義を自身の心の中に確立していたんだ。だからそんなにも無頓着に、就活に悩む俺に向かって心無い気遣いが出来るんだよ」

「そんな事ないよ。私は本当にあなたの事が心配で」

「それが思い上がりだって言ってるんだよ。それに以前、お前はグラウンドの休憩所で言ったよな。彼女がいつの日か倒れるのを期待していたって。初めは無意識だったかも知れない。でも今は気付いてるんじゃないのか。そんな自分の心の腹黒さにさ」

(ダメだ――)

「でも実際に彼女が倒れた姿を見て、君は衝撃を受けたんだ。自分が願っていた事が現実となった。けどそれは自分の望みを超えた痛ましいものだったんだ。だからあの事故の後、君は俺を探してグラウンドに向かったんだよ。
 君があの日グラウンドにいた理由。その一つは彼女が無事に目を覚ました事を俺に伝える為。でも肝心なのはもう一つのほうの理由だったんだ。休憩所で俺に告げたように、君は君自身の弱さを抑えきれなかった。だからあの日の事故を共有した俺にすがり、自分の心の傷を癒したかったんだ。
 そして君は俺に抱かれる事で、その傷を柔和に塞いでいったんだよ。たぶんそれだけでも十分に君の心は救われただろう。でも俺と付き合い出した事で、皮肉にも君は君自身の中にくすぶっていた心情を知ってしまったんだ」

(それ以上言ってはダメだ――)

「君は走る事を覚えた。そして走る事で何も考えずにいられる自分自身に気がついたんだ。それが何を意味するのか。もちろんそれは、君が彼女という呪縛から解放された事を意味するんだよね。俺と共に過ごす事で、君の気持ちが和んでいったのは事実だろう。でも彼女の倒れた姿を見た君は、その訝しさを胸に抱き続けていたはずなんだ。だって彼女と幼馴染の君にしてみれば、そう簡単に振り払える記憶じゃないはずだからね。
 だけど君は走る事で、それら全てから解放される事に気がついたんだ。恐らくそれは君にとって、目を見張るほどの発見だったんじゃないのかな。つらく悩ましい記憶から、すっきりと解き放たれたわけだからね。だけどそこに新たな課題が浮き彫りになってしまったんだよ。彼女の存在は自分自身を苦しめつつも、逆に自分の存在意義を見出す大切な糧だった。その彼女という存在が手の届かない場所へと行ってしまったんだ。それは君にとって大問題なはずだよね。でもそこで君は新しい生き甲斐を見つけたんだ。俺っていうバカな存在をね」

 それ以上言ってはダメだと必死で言い聞かせるも、俺の口から出る浅ましい言葉は止まらない。

 それがどれだけ卑猥で許しがたい発言であるのか。それは口から出るその瞬間より理解出来ていた。
 でもそれなのに俺は止められなかったんだ。
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