明日へ馳せる思い出のカケラ
 君が強い心の持ち主だから、変わらずに大学に顔を出し続けている。
 君の優しさが海より深いから、俺の心無い暴言の数々を許してくれている。
 そんな恐ろしいほどに無知な錯覚を抱いていたんだよ、俺はね。

 そんな浅はかな思いばかりを頭に浮かべていたから、俺はいつになっても君に連絡を取ろうとはしなかったんだ。
 もう少し、もう少しだけ時間が経てば、冗談を告げるほどの軽いノリで謝れる。そう俺は期待していたんだよ。

 君が俺からの連絡を何よりも待ち望んでいたっていうのに。


 それからしばらくして秋も深まった頃のこと。
 とある週末の寒い日に、陸上部のキャプテンだった彼から俺は連絡を受けたんだ。

「みんなの就職祝いを兼ねて、久しぶりに飲まないか」ってね。

 俺の陸上部は三年生が代々キャプテンを務める事になっている。
 四年生は就職活動があるため、本格的な練習が出来ないっていうのが名目らしい。
 だから彼はもうキャプテンじゃない。ゆえに彼はその役目を御免してから、陸上部のみんなとは少し疎遠になっていたんだ。
 就活が忙しかった。やはりそれが大きな要因だったんだろう。

 ただそれも彼の就職が決まったことで、いつもの面倒見の良い性格が顔を覗かせたんだね。
 俺が知っている限り、陸上部の面々はその全ての就職が決まったはず。
 だから彼は久しぶりに四年生一同を集合させて、それを皆で祝おうと言い出したんだ。

 その動機に妙な疑いなんて感じるはずがない。
 でも俺は少しだけ不思議に思ったんだ。

 だって彼から飲みに誘われるなんて、昨年の大会の打ち上げ以来無かった事なんだからね。

 珍しい事もあるもんだ。俺はそう感じていた。
 でも陸上部に所属する四年生全員を束ねるなんて、彼以外に出来る仕事ではないからね。必然的にそう納得してしまったんだよ。
 そして俺はろくに考えもしないで参加を承諾したんだ。

 だけどその後すぐに気が付いたんだよ。
 陸上部に所属する四年生全てを集わせるってのは、もちろん君も参加するって事なんだってね。

「やってくれるぜ」

 俺は彼に何気なく問いただした。
 このタイミングでの飲み会開催に、どことなく引っ掛かるものを感じたから。

 すると彼は薄笑いを浮かべながら白状したんだよ。
 今回の飲み会がみんなの就職を祝ったものだっていうのは本当のことだ。
 でもそれとは別にもう一つ理由があるんだってね。
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