ディスペア
(1)~黒いアザ~

「やめてください!麻彩だけは……っ!」

「うるさいっどけっ!」

  ガシャーン

目の前で母がふらふらと立ち上がる。

「ん。」

父が母に金属バットを渡す。

「死にたくなかったら、こいつを殴れ。」

一瞬、冷たい父の目が私に向けられた。
母が私を見る。
私は左足を前へ押し出した。
そして母を見て、軽く微笑んだ。
 このままじゃ、母は殺される。
私は人の命と引き換えに、自分の左足を失う決意をしたのだ。

 母が震える手でバットを持つ。
棒が軽く私の足に触れる。
父の舌打ちが聞こえた。

「もっと強く殴れよぉっ!」

 コンッ、ゴンッ、バキッ………

私は、だんだん鈍くなる音を歯を食いしばって聞いていた。

「…っはははははぁっ!」

「いい眺めだっ!なあ、お前もそう思うだろう?」

「ええ、……そう…ですね………。」

母が震える声で答える。
 父の気は済んだようだ。

 パタン、ドアがしまる音と同時に父はこの空間から消えた。

「…っ…ごめんなさい、ごめんなさいっ…!」

母は泣きながら震える声で何度もそう言った。

「骨は折れていませんね。そんな大きな棚が落ちてきたら普通は折れるんですけどねぇ。」

医者の優しい声がわざとらしくて耳を塞ぎたくなった。
 さっきのことが『大きな棚が落ちてきた』なんて嘘に包まれて無かったことになっている。
何となくむなしかった。

 でも、それでよかった。
なにもないならそれで……………

 私の左足のアザは、もう黒くなっていた。


 そんなことが何度も続いた。
私を殴るたびに母の目は光を失っていった。
そして母はだんだん、父がいなくても私を殴るようになった。

………………口元には、笑みが広がっていた。


 私の左足は全体がアザだらけで真っ黒になり、私は自分の足を引きずりながら歩くようになった。
 その頃から私は、学校をさぼるようになった。
朝になったら外に出て、適当に時間を潰してから家に帰る。
その繰り返しだった。

 ある日、私はいつもより早く家に帰った。
………母が買い物に行っているときに。
 私はまっすぐベランダに向かい、柵のネジをすべて外した。
そのあと、適当にネジをばらまいた。
柵の外側のネジと、柵の内側のネジ数個をベランダから落とし、あとは足元に……
 そして、何もなかったかのように家を出た。
< 1 / 13 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop